13
8日後。
秋の日は短く、傍らを削ぎ取ったような月が夜空に浮かんでいた。
鹿鳴館の入り口には、すでに開場を待つファンの長い行列が出来ていた。真奈子も、そこに1人加わった。
今夜から、毎年恒例となっている《鹿鳴館ロックフェスタ》が始まる。このステージに立つことが、ロックを志す若者の夢だ。業界人も多数招待されていて、彼らの目に留まれば、メジャーデビューという夢物語の扉が、現実となって目の前に開かれる。
《鹿鳴館ロックフェスタ》
ロッカーたちの熱い舞台が今、幕をあける。
年間1,200ほどのバンドが、ここ鹿鳴館のステージに上がる。メジャーデビューできるのは、そのうち5バンド程度だ。そして今日から始まるロックフェスタに出演する30バンドこそが、そこに限りなく近い場所に位置していることは間違いない。
KIXの出番は、初日の6番目だった。
7色に染めた髪の毛をムースで固めたり、奇抜な衣装のバンドばかりが続いたあとで、髪も染めず、黒いスーツ姿で揃えたKIXの登場は、とても新鮮に映った。スタンディングで興奮状態にあった客が、1人また1人と椅子に座り直し、KIXの演奏にじっと耳を傾け始めた。これまでと異質な、地の底から湧きあがってくるかのような熱気が、会場を静かに包み込む。
だが、真奈子の心は別のところにあった。
舞台の袖に目を向ける。山内の姿はない。
客席を見回す。隅から隅へと、隈なく目を走らせる。しかし、会場のどこをどう探しても、山内の姿は見つけられなかった。
真奈子は、外に出た。
鹿鳴館のステージでは、KIXの演奏がまだ続いていた。夜気に体が震える。季節は秋から冬へと足早に変わろうとしていた。山内のスマホに電話を掛けてみるが、すでに解約された後だった。
意を決して、再びアパートに向かう。
アパートに着く頃には、冷たい風も吹き出して、真奈子はコートを羽織ってこなかったことを後悔した。
見上げると、山内の部屋の電気は消えていた。無駄とは思っても、部屋の前まで行ってみないことには、気持ちが収まらなかった。
ドアの新聞受けからは、溜まった新聞が溢れていた。案の定、いくらチャイムを鳴らしても、人の出てくる気配はない。
8日前、この部屋の中に山内を見、言葉も交わしたのだ。一体どこへ消えたのか。
真奈子は消えゆく山内の背に重なる女の白いうなじに、激しい嫉妬を感じた。
つづく