ことば学
言葉は心。ことばは人生

「マリンブルーな季節 2019」 13

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 8日後。

    秋の日は短く、傍らを削ぎ取ったような月が夜空に浮かんでいた。

 鹿鳴館の入り口には、すでに開場を待つファンの長い行列が出来ていた。真奈子も、そこに1人加わった。

 今夜から、毎年恒例となっている《鹿鳴館ロックフェスタ》が始まる。このステージに立つことが、ロックを志す若者の夢だ。業界人も多数招待されていて、彼らの目に留まれば、メジャーデビューという夢物語の扉が、現実となって目の前に開かれる。

 

《鹿鳴館ロックフェスタ》

 ロッカーたちの熱い舞台が今、幕をあける。

 

 年間1,200ほどのバンドが、ここ鹿鳴館のステージに上がる。メジャーデビューできるのは、そのうち5バンド程度だ。そして今日から始まるロックフェスタに出演する30バンドこそが、そこに限りなく近い場所に位置していることは間違いない。

 KIXの出番は、初日の6番目だった。

 7色に染めた髪の毛をムースで固めたり、奇抜な衣装のバンドばかりが続いたあとで、髪も染めず、黒いスーツ姿で揃えたKIXの登場は、とても新鮮に映った。スタンディングで興奮状態にあった客が、1人また1人と椅子に座り直し、KIXの演奏にじっと耳を傾け始めた。これまでと異質な、地の底から湧きあがってくるかのような熱気が、会場を静かに包み込む。

 だが、真奈子の心は別のところにあった。

 舞台の袖に目を向ける。山内の姿はない。

 客席を見回す。隅から隅へと、隈なく目を走らせる。しかし、会場のどこをどう探しても、山内の姿は見つけられなかった。

 真奈子は、外に出た。

 

 鹿鳴館のステージでは、KIXの演奏がまだ続いていた。夜気に体が震える。季節は秋から冬へと足早に変わろうとしていた。山内のスマホに電話を掛けてみるが、すでに解約された後だった。

 

 意を決して、再びアパートに向かう。

 アパートに着く頃には、冷たい風も吹き出して、真奈子はコートを羽織ってこなかったことを後悔した。

 見上げると、山内の部屋の電気は消えていた。無駄とは思っても、部屋の前まで行ってみないことには、気持ちが収まらなかった。

 ドアの新聞受けからは、溜まった新聞が溢れていた。案の定、いくらチャイムを鳴らしても、人の出てくる気配はない。

 8日前、この部屋の中に山内を見、言葉も交わしたのだ。一体どこへ消えたのか。

 真奈子は消えゆく山内の背に重なる女の白いうなじに、激しい嫉妬を感じた。

 

 

つづく

 

投稿日時: 2019年05月4日

カテゴリ: スケジュール

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