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祈りを捧げるような面持ちで、こめかみの辺りに右手を構える。
指先に神経を集中させ、手首にスナップを効かせる。
白い小さな紙飛行機が、指先からはじけるように解き放たれた。
指先から放たれた紙飛行機は、ようやく手に入れた自由を喜ぶように一瞬高く舞い上がり、7月はじめの高く澄み渡った青空を緩やかに横切ると、やがてその孤独な飛行に疲れたように徐々にスピードを落とし、歩道を行き交う人込みの中にあっという間に吸い込まれて見えなくなった。大勢いる人々の誰1人気づきもしない。誰にも気づかれないまま、白い小さな紙飛行機は、その短い生涯を終えた。
歩道橋の上から、紙飛行機の行方を見守っていた真奈子は「ふっ」と小さな息を吐くと、そのまま、駅へと向かう階段を下りて行った。
新宿駅南口は、いつも多くの人で賑わっている。
新宿駅の西口というと、高層ビルの立ち並ぶオフィス群だが、ここ南口は小田急、京王、少し先には高島屋といった百貨店に東急ハンズもあり、休日はもとより平日も多くの人々惹きつけてやまない。
どこかへ向かう目的があって急ぎ足の人。待ち合わせで改札口あたりでスマホをチェックしたり、花屋に並ぶ花をなんとはなしに見ている人。特に目的もなく、ただそのあたりをぶらついている人。大きなスーツケースをガラガラと大きな音を立てながら引き摺り歩いている観光客などなど。
初めて東京へ出てきて、この人波を見た時、ここから多くのインスピレーションを受け取れるのではないかと胸躍らせた自分は、どこへ行ってしまったのだろう。
誰もが、どこか遠くにいる人々のように思える。自分1人だけが、なにかの膜に覆われた存在のようだ。こんなにも多くの人々が、自分のすぐそばにいて、行き交っているというのに……。
「来てよね!」
ふいに聞こえた声とともに大きな手がぬっと現れた。とっさに振り払おうと出した手に、小さなビラが押し付けられた。「えっ」と思って、辺りを見回してみたが、すでに声の主は人込みの中に紛れてしまって、姿かたちもなかった。
幻か気のせいかとも思ったが、手の中には、確かに小さなビラがあった。
見ると、どこかのライブハウスの案内のチラシのようだった。ライブハウスというと渋谷が有名だが、新宿から大久保、四谷にかけても数多くのライブハウスある。有名アーティストを排出している老舗から出来立てほやほやのものまで、多くのライブハウスが新宿の街を賑やかに彩っていた。
あまり上質とは言えない紙に刷られたカラフルな文字が躍るそのビラを、しかし捨てる場所も見つけられず、真奈子は仕方なく肩から下げていた布製のトートバッグの中に無造作に押し込んだ。
つづく