客観的に見つめ直す

 
 
先日、
 
 
 
 
という講座&クリスマスランチ会に参加してきました。
 
 
 
 
 
 
4年くらい前に参加していた連続講座のお仲間が集う
特別講座とクリスマスランチの会です。
 
 
 
ほとんどが「はじめまして」の方たちで、
新鮮な気持ちで参加することができました。
 
 
 
ワークがたくさんあって、とても面白かったです。
 
 
 
こうした講座やワークショップに参加することの良さって、
 
 
 

客観的に見つめ直す

 
 
 
ことが、できるってことでしょうか?
 
 
 
 
 
一人で考えていると、どうしても
 
 
 

自分の思考の範囲

 
 
 
から出られない。
 
 
 
 
ところが、職種も立場も違う人たちと同じテーマで考えたり話したりすることで、
今までとは違う視点で、自分の仕事を見つめ直すことができるようになります。
 
 
 
 
 
それで、たまに人のセッションや講座に顔を出すのです。
 
 
 
 
おかげさまで、今回は、
 
 
 

来年だからできる

 

 

来年にしかできない

 
 
 
 
新たなメニューに氣づくことができました。
 
 
 
 
これから、ボチボチと中身の方を練り上げていきたいと思います。
 
 
 

わたしたちの目に映る人の言動は……

 

わたしたちは、よく人の言動に対して
 
 
 
あ~でもない
 
 
こ~でもない
 
 
 
 
と言います。
 
 
 
 
 
 
でも、その人の言動というのは、
あくまでわたしたちそれぞれの目に映った
人の言動に過ぎません。
 
 
 
それは、その人のほんの一部、一側面に過ぎません。
 
 
 
誰も、その人の全てを知ることなんて、できないからです。
 
 
 
例え親子や夫婦であってもです。
 
 
 
 
もし、全てを知ることができる存在がいるとすれば、
それは、
 
 
 
 
天(神)
 
 
 
 
だけではないでしょうか。
 
 
 
 
わたしは、
 
 
 
自分の言動は、
回り回って、いつか
必ず自分に返ってくる
 
 
 
と思っています。
 
 
 
いつ、どんな形で返ってくるかは、わかりません。
 
 
 
じゃあ、どうすればいいのか?
 
 
 
 
自分の良心に従って
自分の人生と本気で向き合う
 
 
 
しかないのだと思います。
 
 
 

汚ない言葉

実は数年前、夫の親族から
泥棒呼ばわりされたことがあります。
(その時の状況については、いつか書こうと思います)
 
 
 
もちろん、言われたその時は、
深く、深く傷つきましたよ。
 
 
 
でも……
 
 
 
 
 
その時に学んだこと。
 
 
 
 
わたしは、わたしが
実際に盗みを働かない限り、
人から泥棒呼ばわりされたところで、
その言葉によって、
泥棒になるわけではない
 
 
ということ。
 
 
 
 
 
あのなぁ、
 
そんな汚ない言葉は、
 
こぅやって、
 
 
 
フッフッ~
 
 
 
って、
 
払い落としてやったら、
 
ええねん