人生の価値

わたしは、中学3年生の時に、父を急な病で亡くしました。      連載中のプロフィールはこちら※※※

 

そして、その時に決めたことがあります。

それは、

 

命ある限りは、何があっても生きる。

 

ということ。

病気で、あるいは事故で、死にたくなくても死ななければならない人もいるのです。

だったら、生きてる限りは生きよう。

 

そう決めました。

 

もうひとつは、

 

あの時、お父さんが死んでしまったから、こんなふうになっちやったんだ!

という人生ではなく、

あの時、ああいう経験をしたおかげで今がある。

と、思える生き方をしよう。

ということです。

 

どちらも、理屈ではありません。

ふいに、そう思い決めたのです。

 

それが、“ 気づき ” というものなのでしょう。

 

その後も、数々の出来事がわたしの人生に起きました。

 

けれど、どんなに絶望的になったときでも、このふたつの考え方が、わたしを支えてくれました。

 

***

 

人生には、色々なことが起こります。

けれど、出来事は、所詮出来事。

単なる事実に過ぎません。

 

辛かったり悲しかったりしたとしても、それがイコール “ 悪いこと ” にはなりません。

ある出来事が自分の身に起きた時、それを踏まえてどう生きるかは、本人の自由です。

起こる出来事の選択権はなくても、生き方の選択権は、この手の内にあります。

 

父が亡くなった時、わたしは、神様から「この人生を生(行)きなさい」と言われたのでした。

 

けれど、その指し示された道をどう進むかは、わたしの自由。

 

道端の花を愛でながら行くもよし。

バイクに乗って飛ばすもよし。

ヒョコヒョコと横道へ逸れるのも、また有りです。

 

***

 

辛かったり悲しかったりした出来事であっても、それを栄養にできれは、それらは、結果として、自分にとって良い出来事になります。

 

つまり、人生の価値は自分で決めることができるのです。

 

それは、とりもなおさず、自分の価値は、自分で決めることができるということでもあります。