3度目のお試しが来た!

 

これまでに2度、お試しが来ました。
 
 
 
 

お試し

 
 
 
 
って、何?
 
 
 
 
 
そうですよねぇ。
 
 
 

お試し

 
 
 
とは、わたしが勝手に、そう名付けただけのもの。
 
 
 
 
わたしは夢でメッセージを受け取っとたりしますが、
その夢の中で、最もハードなものを
 
 
 

お試し

 
 
 
と名付けました。
 
 
 
 
初めてお試しが来たのは、今から20年前。
 
 
離婚したばかりの頃でした。
 
 
 
夜、寝ていると、恐ろしい形相のものが、
 
 
 

ここに来るぞ !

 
 
 
と凄むのです。
 
 
 
 
 
 
その恐ろしさといったら。
 
 
 
夢の中で、わたしは生まれて初めて味わう恐怖に
恐れおののきながらも、
 
 
 
ダメだ
 
こんなものの侵入を許すわけにはいかない
 
 
 
と、必死の思いで
 
 
 

ダメだ!

 

来るな!!

 
 
 
と、声にならない声を上げたのでした。
 
 
 
 
恐ろしいものは、退散していきました。
 
 
 
けれど……
 
 
 
目が覚めてからも、怖くて怖くて体の震えが止まりませんでした。
 
 
 
 
とてもじゃないけれど、暗い部屋で眠る気にはなれません。
 
 
かといって、明かりを付けたのでは明るくて眠れません。
 
 
 
仕方なく廊下の電気を付け、寝室の扉を少し開けて、
明かりの存在を感じられるようにしました。
 
 
 
それでも恐ろしさは消えず、どうすればいいかと悩んだあげく、
南無妙法蓮華経を唱え続け、
いつの間にか、再び眠りに落ちていったのでした。
 
 
 
 
 
 
2度目のお試しは、それから5年くらい経った頃に来ました。
 
 
 
 
やはり夜寝ていると、夢の中に、かつての会社の仲良しだった
同期が出てきたのです。
 
 
 
姿形は、確かに友でしたが、顔が真っ白で、感じた雰囲気は、
邪悪そのものでした。
 
 
 
 
 
その友の姿形をした邪悪なものが、
 
 
 
仲間を連れて来る
 
 
 
と言うのです。
 
 
 
 
わたしは、悩みました。
 
迷いました。
 
 
 
 
だって、姿形は友なのです。
 
 
 
拒絶したい。
 
でも、そんなことをしたら、
友を傷つけるのでは?
 
 
 
 
夢の中ではありましたが、リアルに悩み迷いました。
 
 
 
しかし、その邪悪さは揺ぎないものでした。
 
 
 
 
わたしは自分の直感を信じることにしました。
 
 
 
 

来るな!

 

去れ!!

 
 
 
 
こんな邪悪なものに仲間と一緒に来られたのでは堪りません。
 
 
 
 
本当に絶対に嫌だと伝えたくて、寝ているのに、
声に出そうと頑張りました。
 
 
 
すると、その邪悪なものは去っていきました。
 
 
 
 
前回のこともありましたから、わたしはキッチンの明かりをつけて
寝室に明かりが漏れるようにし、南無妙法蓮華経を唱えたのでした。
 
 
 
 
別に仏教の信者ではありません。
 
 
 
けれど、邪悪なものを祓う言葉として思いついたのが、
これともうひとつ、南無阿彌陀仏でした。
 
 
 
でも、南無阿彌陀仏は、何だか沈んでいくようで……
 
 
 
南無妙法蓮華経なら明るくなりそうだと、
夢の中で、恐怖におののきながらも、そんなことは考えたのです。
(この南無阿彌陀仏と南無妙法蓮華経の違いは、
後に言霊を扱うようになってから、よく理解できるようになりました)
 
 
おかしなものですね。
 
 
 
 
 
 
ところで、なぜ、これらの恐ろしい夢を
 
 
 

お試し

 
 
 
 
と名付けたのか?
 
 
 
 
 
それは、この夢を見た後で、必ず人生が好転していったからです。
 
 
 
 
 
 
 
お前は、恐ろしさに負けて邪悪なものを受け入れるか
 
 
それとも、自分を信じて拒絶するか
 
 
 
 
と、試されたのだと思うからです。
 
 
 
 
 
特に2回目の時は、友の姿を借りて奴はやって来ました。
 
 
 
 
表面的なものに惑わされず、判断できるか
 
 
 
と、問われたようでした。
 
 
 
 
 
これが、お試しでなくて何でしょう。
 
 
 
 
 
さて、それから10年以上が経ち、お試しの夢のことも忘れかけていました。
 
 
 
 
ほぼ申し分のない生活を手に入れた今、
お試しはもう必要なくなったのかとも思っていました。
 
 
 
 
 
ところが、昨夜。
 
やって来ました。
 
 
 
 
夢の具体的な内容は、またいつか、日が経った後に
お伝えさせてください。
 
 
 
 
ただ、1回目や2回目のお試しと決定的に違っていたのは、
今回のお試しでは、わたしに守るものがあったという点。
 
 
 
 
そして、もう一つ。
 
 
援軍が来るとわかっていて、
それまでを凌ごうと踏ん張っていたことです。
 
 
 
 
これまでは、一人でした。
 
だから、一人で退散もさせました。
 
 
 
 
 
それでも、とても恐ろしかったことには変わりなく、
目が覚めた時が、ちょうど夜中の2時だったというのも
恐怖に拍車をかけました。
 
 
 
そして、今回は南無妙~ではなく、最近覚えた真言を
唱えたのでした。
 
 
 
 
でも、またお試しが来たということは、
わたしの人生、さらにステップアップするということでしょうか。
 
 
 
期待とともに、その変化を楽しみに待ちたいと思います。
 
 
 
 
 
 

整える

 

最近、急に
 
 

整え

 
 
たくなりました。
 
 
 
 
 
で、クローゼットや引き出しの中を、まずは整理し直しました。
 
 
 
そうしたら、結構余裕ができちゃった❗️
 
 
 
きれいに整えると、
 
 

余裕

 
 
ができるんですね。
 
 
 
 
 
次は、
 
 
 

お金

 
 
 
これまでの、ざっくりとしたお金の流れを確認したうえで、
これからの、夫と二人の生活について考えました。
 
 
 
 
これからの人生で、
 
 
 
 

何を大切にしたいのか

 

何なら捨てられるのか

(諦められるか) 
 
 
 
 
の優先順位をつけることが肝心。
 
 
 
 
これからについて考えるには、まず、これまでを振り返ってみる。
 
 
 
歴史に学ぶってことですかね。
 
 
 
今までがあるから、これからを考えることができるわけです。
 
 
 
クローゼットや引き出しのように目に見える余裕はできないけれど、
お金だって整理することで、余裕ができるのだと思います。
 
 
 
 
 
次に整えたのが
 
 

 
 
 
雑草が伸びてきているし、このところの台風で、
ベランダにも木の葉がいっぱい。
 
 
 
ずっと気になっていた……
 
 
 
気にしているくらいなら、やってしまいましょう。
 
 
放っておくのは、ストレスになります。
 
 
 
こんな物干し台の下にも、ほこりや木の葉がたまっています。
 
 
 
 
 
秋から冬に向かっては、木や草も枯れていく。
 
 
 
のですが、
 
 
 
 
 
新芽が伸びていたり
 
 
 
 
花芽がついていたり
 
 
 
 
次への準備が、まさに
 
 

整って

 
 
いました。
 
 
 
 
おまけに、たぶんこれはキリギリス?
 
 
 
 
 
ついでにヤモリも見つけたけれど、こちらはすぐに逃げられてしまって
写真に撮ることはできませんでした。
 
 
人間も、また自然の一部。
 
自然の流れに乗り、あれこれと、すっきり整えて、
新しい季節を待ちたいと思います。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

選ぶ相手を間違えない

人間関係は、お互いさまだと思うのです。
 
 
 
 
例えば、
結構が上手くいかなくて離婚することになったとして、
(実際、わたしも一回離婚してますが)
 
 
 
必ずしも、どちらかだけが100%完璧に
 
 
 
悪い
 
 
 
とは限らない。
 
 
 
 
多くの場合は、
 
 
 
相性が悪かった
 
 
 
つまり、
 
 
 
自分とは合わない人と結婚してしまった
 
 
 
のでは?
 
 
 
 
 
なぜ、そういうことが起きるのかといえば、
 
 
 
自分のことがわかっていなかったから
 
 
 
自分のことを勘違いしていたから
 
 
 
 
そんなことが、意外とあるのではないでしょうか。
 
 
 
 
自分のことを勘違いしていれば、
勘違いしている自分に合う人を選んでしまう。
 
 
 
ということは、
 
 
 
 
自分らしく生きられない
 
 
 
息苦しい
 
 
 
で、上手くいかなくなる。
 
 
 
 
 
自分がどういう人間で、
どう生きていきたいのか
 
 
 
それが分かるようになれば、選ぶ相手も間違えなくなる
 
 
 
と思うのです。
 
 
 
自らの経験も踏まえて、そう思うのです。