ご感想について ③

 

お由布が包丁で自害しようとしたところが、この小説のクライマックスですが、

その後の清之助の素っ気ない態度で、まるでなかった事の様に過ぎて行く。

読者としては少し物足りないところですが、それが筆者としての狙いだったかも知れません。

 

もし、クライマックスのシーンで、清之助が、

 

 

お由布、なぜこんなことをしたんだ!

 

 

と、問うことができたなら、この小説の展開も、また違ったものになったのだろうと思います。

 

 

という書き方をすると、

 

 

自分で書いているのに、他人事のような言い方だな

 

 

と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

 

 

この感覚については、少し説明が難しいのですが……

 

確かに、登場人物の設定は、当然ですが、わたしがしています。

 

話の展開も。

 

 

だからといって、ストーリーのすべてを、わたしにコントロールできているわけではありません。

 

 

小説を書き始めると、登場人物たちが、それぞれに生き生きと動き始めます。

 

そうなるとしめたもので、わたしは、ひたすら彼らを観察し、描写していきます。

 

 

そういうときが、一番楽しい。

 

 

 

作品を書いていて、途中で煮詰まってしまうとき。

 

 

そんな時は無理に書き進めず、人物設定にまで戻ります。

 

 

そして、今一度丁寧に設定し直します。

 

すると、スムーズに動いていくようになる。

 

そんな経験が何度もあります。

 

 

 清之助だけでなく、お由布もまた、素直に語ることができたなら、

この夫婦も仲のよい夫婦になれたはず。

 

でも、なれなかった。

 

それは何故なのか?

じっくり考えてみるのも、楽しいですね。

 

 

ご感想について ②

 

お由布と清之助。うまく噛みあえば固い絆が結ばれる組み合わせの筈が、

どうしても裏目に出る。

この辺りの描写はよく描けていると思いました。
読者としては、お由布に肩入れするのが普通だと思いますが、清之助の側の気持ちが良く判ります。

真面目にやって来た者ほど相手に厳しくなってしまう。女性とのつきあいもなく、

あまり相手を知らないうちに夫婦になり、女房とはこういうものだという先入観に支配されている。
まるで俺のことか(笑)。


その辺りの事は小説の中でも説明されており、いろんなエピソードの中で少しづつ氷解して行くのかな?
と思っていましたが、なかなかその距離が縮まらない。
それがお由布の持つ「かたくなさ」なのか。

しかし体調不良で寝たり起きたりの女房に、清之助もけっこう辛抱強くガマンしてるなぁと感心。
この状況なら、もっと怒っている筈。

その辺りは物事を理性的に考えて、それほど横暴な人間ではないという評価をしています。

 

 

『相性』という言葉があります。

 

例えば、色々な意味でいい人がいるとします。

そんないい人だったら、誰と結婚してもうまくいくでしょうか。

相手と自分、どちらも幸せになれるでしょうか。

そういうものではないように思います。

 

それが『相性』です。

 

その人といると、

 

どうしても悪い面ばかりが強調されて

裏目裏目に出てしまう

 

相手のちょっとした癖も鼻につく

 

 

逆に、その人といると、

 

自分を素直に表現できる

相手の癖も気にならない

 

自分と相手、どちらがどれだけ正しいとか悪いとかではないのです。

 

それが、『相性』だと、思います。

 

お由布と清之助

 

どちらが、どれだけ正しいとか悪いとか言っても無駄なことです。

夫婦というのは、社会性を帯びていると同時に、とても個人的な関係です。

だからこそ、互いの気持ちが大切。

いい悪いの問題ではないと思うのです。

 

そのうえ、この二人は、どちらも真面目で世間知らず。

互いにこれまで生きるのに必死で、チカラの抜き方を知らなかったのか、

下手くそだったのかもしれませんね。

 

 

 

ちなみに、初稿での清之助は、もっと単純に嫌な奴だったのですが、

今回連載小説として手を入れるにあたり、清之助という人のことを、

もっとよく観察して考えてみた結果、こういう男性となりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

ご感想について ①

過日、連載小説『お由布』にいただいたご感想について、

わたしなりの意見を書いていきたいと思います。

 

幼くして両親を亡くしたお由布に、自分と重ね合わせて速いペースで読み進みました。
時代劇は、その風俗を描くのにかなりしっかりした下調べが必要であり、

キチンと出来ているなぁ、と思いました。
時代モノは、多くはないですが山本周五郎、司馬遼太郎などを読んでいます。

 

 

時代モノは、わたしも山本周五郎や藤沢周平が好きで、よく読みました。

 

最近のものでは、高田郁や畠山健二が面白いです。

 

司馬遼太郎が好きというのは、いかにも男性的ですね。

 

わたしは、これまでほんの短いものも入れれば30近い作品を書きました。

 

その中で、時代モノは2つだけです。

 

時代モノを書くにあたっては、やはり下調べが重要で、

今はネットで色々調べることはできますが、資料としての本もたくさん持っています。

 

ブログにも書きましたが、古地図を持っての街歩きもします。

 

時代モノを書いている時は、人に名前を呼ばれたときに、思わず

 

 

へーい

 

 

と返事をしそうになったことも…汗

 

 

 

書く以上は、自分で納得できるまで調べるというのは、

『書く』こと、そして作品を読んでくださる方々への最低限のマナーかと思っています。

 

つづく