33.踏ん張りどころを見つける

物事がうまくいかない時というのは、つい誰かや何かのせいにしてしまいがちです。

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わたしも、つい

 

なんで、わたしがこんな目に遭わなければならないのだろう

なぜ、彼ら(市民活動団体の役員たち)は、あんな形で私を解雇したんだろう

あの時、こうすればよかった

この時、ああすれば・・・

 

と、過去を振り返っては、人のせいにしたり、自分を責めたり・・・

 

でも、ある時、ふと、こんな考えが頭に浮かんできました。

 

これからは人のせいにするのはやめよう。

愚痴はこぼさない。

自分の人生に起きたことは、自分のこととして受け止めよう。

 

その考えは、スーッとわたしの心に馴染みしみ込んでいきました。

腑に落ちたのです。

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すると、不思議と心が軽くなっていきました。

そして、友人や心配してくれた人たちに、メールや手紙に書いて送りました。

 

これからは愚痴をこぼしたり、人のせいにしません。

自分の人生に起きたことは自分のこととして受け入れていきます。

 

と。

なぜかわかりません。

理屈ではなく、氣がついたらそうしていました。

書き送ってから、我に返った。

そんな感じです。

人に書いて送ってしまったからには、もう後戻りはできません。

なんせ宣言してしまったのですから。。。

けれど、それは同時に『 踏ん張りどころができた 』ということでもあります。

 

過去を振り返っては愚痴をこぼしたり人のせいにすることに、歯止めは効きません。

いつまでもダラダラと続き、結局は自分を責めるという形で心を蝕んでいきます。

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愚痴をこぼしたり人のせいにしている間は、自分の人生に起きたことは他人事です。

けれど、自分の人生に起きたことは、紛れもなく自分の人生そのものです。

受け入れない限り、前には進めません。

愚痴や人のせいにするという逃げ道を塞ぐことは、自分を守ることでもあるのです。

 

そして、ここからわたしの人生の逆転劇が始まっていくのでした。

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連載プロフィール目次 ☆☆☆

 

32.崖っぷちの職探し

尻尾を巻いて退散。

 

そんなイメージでの、姉の家での居候生活の始まりでした。

 30.どん底へ

 

ありがたかったのは、姉も義兄も逆に感謝してくれたことでした。

遅くに結婚した姉は共働きで、二人の子どもも手のかかる時期でした。

そこへ、無職のわたしが居候として転がり込んできたわけです。

姉の帰りの遅い日は、子どもたちの学童保育へのお迎から食事の支度まで、一手に引き受けました。

母に頼まれれば、買い物や日帰り温泉にも車で一緒に行きました。

前の結婚生活では「No」を言ってはいけない、言えない生活でしたが、居候生活の中では、「No」と言わないと自分で決めました。

生活の面倒を見てもらう代わりに、自分にできることはなんでもしようと決めました。

そんな生活の合間には、亡父のお墓にも頻繁に通いました。

お墓に父の魂がいるとは思っていません。

それでも、お墓にお参りすることで、自分の気持ちを落ち着かせることができました。

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そうやって日を送りながら、仕事探しをしていました。

まずは、人材派遣会社に登録に行きました。

そこで能力検査のようなものを受けさせられました。

たとえば、パソコンで3分間でどれだけの文字数が打ち込めるかとか・・・

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ああ、自分は商品なのだ。

 

と思いました。

わたしという人材を企業に売り込むためには、わたしという商品の性能を知らなければなりません。

わたしは雇ってもらえれば、たいていの仕事はできる自信がありました。

けれど、履歴書に書けるいわゆる特技(パソコン検定何級とか)は持っていませんでした。

雇ってもらえればと思っても、その “ 雇う ” という行為に踏み切らせるものが、なにもない。

痛感しました。

 

結局、派遣会社からは全く仕事を紹介してもらえませんでした。

最後の頼みの綱は、かつて勤めていた会社が持っている派遣会社です。

派遣会社に登録する際、そこのことが頭になかったわけではありません。

けれど、みんなに祝福されて寿退社したのに、派遣社員で戻るなんて恥ずかしいと思って連絡しないでいたのです。

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けれど、もうそんなことを言っている場合ではありません。

その会社に登録すれば、損保関連の仕事には就けるはずです。

勇気を出して連絡をし、登録も済ませました。

能力検査のようなものは一切ありませんでした。

かつて、そこの就職試験に受かっているわけですから、その点の信用はあったということでしょうか。

ほっとしました。

それでも当初は、単発で派遣の仕事を受けながら、他方で正社員の仕事を見つけるつもりでいました。

 

しかし・・・

 

履歴書を送っても、一つとして連絡はありませんでした。

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わたしが離婚したのは39歳のときです。

 

今なら、まだ頑張れる。

仕事を掛け持ちしたって食べていってやる。

 

強い決意がありました。

けれど・・・

その強かったはずの決意は、無残にもどんどん崩れていきました。

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わたしは42歳になっていました。

 

 

42歳の何も特技もない女に、世の中は用がないということか・・・

 

これから、わたしはどうなっていくのだろう。

 

夜、布団に入っては一人涙を流す。

そんな夜が何度あったことでしょう。

 

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31.心に染みた言葉

前夫の親友夫婦とは、とても仲良しでした。

 

何があっても、わたしちはあなたの味方だからね

 

そんな言葉を、折に触れて言われていたからでしょう、一度奥さんに離婚の相談をしたことがあります。

 

今は辛いかもしれないけど、5年後、10年後に一人でいるのは寂しいよ。

我慢しなさい。

 

彼女は、こう言いました。

けれど、今、溺れて死にかけている人間に、5年後10年後の話をして何になるでしょう。

わたしは、それ以降今日に至るまで、絶対にやり遂げたいことは人に相談しなくなりました。

 

絶対にやり遂げたいことは、やりたいのだから人に相談する必要はないし、下手に相談して、ブレーキをかけられたくはありません。

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そう、彼女たちが、

 

何があっても、わたしちはあなたの味方だからね

 

と言ったのは、わたしが前夫の妻である限りはという条件付きの言葉です。

そんなことにも氣づかないとは、わたしもおめでたい人間です。

 

というわけで、本気で離婚しようと決めた時、わたしは誰にも一切相談せずに実行しました。

そして、離婚が成立したあと、ようやく親友に打ち明けました。

彼女は言いました。

 

あなたが幸せならそれでいい。

 

この言葉は、今でもわたしの宝物です。

この言葉にどれだけ慰められ、励まされ、そして嬉しかったか。

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無条件に、わたしを丸ごと認め受け入れてくれた、宝石のような言葉です。

 

もちろん今でも親友です。

住まいは遠く離れているので、実際に会えるのは、年に1回か2回。

メールもほとんどやり取りしません。

それでも、いつ会っても楽しい会話が成立します。

こういう友に出会えた幸せ。

本当にありがたいことです。

 

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