日常に戻ってきた

 
 
先週、四季島の旅から無事戻り、
昨日は義母の93歳の誕生日を祝う会を新宿で開催しました。
 
 
 
 
 
 
息子夫婦に孫夫婦、そして曾孫も集まっての
賑やかな会となりました。
 
 
 
 
 
 
 
みんなで仲良く記念写真も撮りました。
 
 
 
 
 
 
こうして、あと何回お誕生会ができるだろう。
 
 
 
そう考えると、自分にできることは精一杯しようと思います。
 
 
 
こんなときは、
 
 
 

誰かに認めて欲しい

 
 
 
とか
 
 
 

誉めて欲しい

 
 
 
とかではなく、
 
 
 

自分がやりたいからやる

 
 
 
という気持ちでやります。
 
 
 
 
その方が、ストレスがないから。
 
 
 
 
 
 
旅行も終わり、家族のイベントも終わり、
明日からは通常モードに戻ります!
 
 
 
 

癖を修正する

 
 
誰にも1つや2つくらいの癖はあると思いますが……
 
 
 
わたしは小学生の頃、朝起きたら、
必ずパジャマをきちんと畳むことにしていました。
 
 
畳まずに出掛けると、なにか悪いことが起こりそうで
ずっと不安で不安で……
 
 
 
 
 
で、あるとき、
 
 
これって、よくないんじゃない?
 
 
と考えて、それからしばらくは、わざとパジャマを、
くしゃくしゃにしたまま学校へ。
 
 
それでもね、悪いことは1つも起きなかった。
 
 
それ以来、畳めるときは畳むし、畳めなければ、それもよし。
 
 
楽になりました。
 
 
 
 
 
長じて、レストランで食事をするとき。
 
 
あれにしようか
 
これにしようか
 
 
なかなか決まらない。
 
 
 
 
で、こう考えることにしました。
 
 
 
これが、人生最後の食事じゃない。
 
 
そう考えると、あまり悩まない。
 
また、来ればいいのだから。
 
 
 
 
それから、海外旅行へ行くとき。
 
 
あれがいるか
 
これもいるかな?
 
 
どんどん荷物が増えていく。
 
 
 
 
そんな時は、こう考えます。
 
 
最悪、パスポートとお金さえあれば、なんとかなるさ ❗️
 
 
余計な荷物が減りました。
 
 
 
 
自分の負担になるような思い癖は、
考え方を変えて、修正しては?
 
 
 
生きるのが、楽になりますよ🎵
 
 
 
 
 
 
 
 
 

無口な人と饒舌な人

世の中には、

 
 

無口な人

 
 
 
 

饒舌な人

 
 
がいます。
 
 
どちらがいいとか悪いとかではなく、ただ単に、
 
 
ざっくり二種類に分けられる
 
 
 
といった意味あいです。
 
 
 
 
それでは、どちらがどれだけ自分の言いたいことを言えているでしょう?
 
 
 
 
 
饒舌な人?
 
 
 
そうでしょうか。
 
 
 
饒舌だからといって、必ずしも言いたいことを言えているとは限りません。
 
 
 
 
かつてのわたしがそうでした。
 
 
 
たくさんの言葉を発しているのに、
本当に言いたいことは、何も言えていなかった。
 
 
あ、これ前の結婚の話。
 
 
 
 
 
 
無口な人は、どうでしょう?
 
 
 
無口な人は、いつも人の言いなりになっていますか?
 
 
 
自分の生きたい人生、生きられずにいますか?
 
 
 
無口であるとか、饒舌であるとか関係なく、
生きたい人生を生きている人は生きています。
 
 
つまり、無口な人は、無口なりに自分を通す術を身に付けている。
 
そんな人も、ちゃんといます。
 
 
 
もちろん、一人の人間でも
場面によって無口だったり饒舌だったり。
 
わたしは、子どもの頃
家では無口、学校では饒舌(おしゃべり)でした。
 
 
 
 
今日のこの話、
朝、たまたま夫と交わした話から思いつきました。
 
 
 
 
 
だから、とりあえずは言葉に出す方が、
自分の言葉を改めて自分の耳で聞く分、
客観性を保てるかもとは思います。