映画 『ドリーム』

観たいと思っていた映画 『ドリーム』、ラッキーにも飛行機の中で観ることができました。

 

『ドリーム』詳しくは、こちら

 

彼女たちの素敵なところは、いじけず諦めず、常に前を向いて歩き続けたことだと思います。

 

何かを変えたいと思うなら、たとえ一歩でも前に進まないと。

 

 

たとえ一歩でも前にすすんだなら、

 

たとえ一段でも階段を上ったなら、

 

 

そこから見える景色は、必ず変わる。

そこで出会う人たちは、必ず変わる。

そして、ふと氣がつけば、大きな変化を遂げている。

 

 

わたしは、そう思います。

友だちって

わたしには、大切な友が何人かいます。

そのうちの二人とは、すでに30年の付き合いになります。

仮に二人をA子さん、B子さんとしましょうか。

 

わたしがA子さんと知り合ったのは、彼女のお店のオープンをひょんなことから手伝うことになったのがきっかけです。

彼女の幼馴染のB子さんとも、それで知り合うことになりました。

 

これまで彼女たちには、どれだけ慰められ、励まされ、支えられてきたかわかりません。

心に染みた言葉

 

現在東京に住んでいるわたしと、四日市に住む彼女らとは、年に数回会えればいい方です。

メールのやり取りも滅多にしません。

B子さんの家に遊びに行ったことはあるけど、A子さんの家に行ったことはありません。

(お店に行けばいつでも会えたというのもありますが)

 

それでも、わたしたちは仲の良い友人同士なのです。

 

何が言いたいかというと、相手のことをどれだけ知っているかということと、信頼できる友であるかどうかということは、必ずしも一致しないということです。

 

たとえば、興信所にでも依頼して根掘り葉掘り調べ上げたら、その人とは友だちですか?

違うでしょう。

 

確かに付き合っていくうちに、互いにいろいろ知り合い、より一層仲が深まることもあるでしょう。

けれど、大切なのは量ではなくて質です。

「 質」 というのは 「 秘密 」という意味合いではありません。

相手に対する姿勢といったことでしょうか。

 

彼女らに悩みを打ち明けたり、相談に乗ってもらったことは、もちろん何度もあります。

けれど、彼女らは、決してズカズカとわたしの心の中にまで入ってこようとはしません。

それでも、親身に寄り添ってくれます。

だから、わたしは、彼女らを信頼しています。

わたしも、また彼女らにとって、そういう存在でありたいと思っています。

 

 

互いのことを深く知っても知らなくても、その姿勢に信頼感を持てるかどうか。

信頼できる人が、わたしにとっての大切な友です。

 

 

 

原点に戻る

人間関係というのは、時として煩わしいものです。

特に、知人や親戚ともなると、氣を使います。

 

わたしも一時、そのことであれこれと悩んだことがあります。

 

わたしの中に、

 

嫌ってはいけない

仲良くすべきだ

 

との思いが、強くあったからです。

 

ですが、ある時から考え方を変えました。

 

知人であるとか親戚であるとかの枠組みを外してしまえば、要は人間対人間。

 

だったら、わたしはわたしらしくあればいい。

 

これが、わたしです

 

と、飾らない自分を見せていくしかない。

 

 

これは、諦めではありません。

ましてや、開き直りでもありません。

 

しいて言うなら、

 

原点に戻る

 

でしょうか。

 

 

その結果、相手がどう受け取るかは、相手次第。

こちらがコントロールできるものではありません。

 

もし、素直に受け止めてもらえなければ、それは素直に受け取られない人なのです。

素直に受け止めたくない人なのです。

 

開かない扉をノックするのは止めましょう。

 

 

 

歪んだ人は、歪んだ人生を生きるだけのこと

 

 

そう思えるようになってから、氣が楽になりました。

 

 

だけど、時には、友人に愚痴をこぼしてみたり、信頼できるセラピストさんに話してみるのもいいかもしれません。

 

自分の心は自分にしか癒せないのだから、心の中に澱が貯まってきたならお掃除すればいいだけのことです。

 

 

あ!

一応? わたしもセラピストで~す!!