願いが通じた

 
 
先日、満願成就という記事を書いたのですが、
そこで願ったのは包括的な望みです。
 
 
なので、その中には個々に色々な望みが含まれています。
 
 
 
 
 
さて、来年の予定としてA案B案とあり、わたしの希望はA案でした。
 
 
 
 
 
 
ですが、どうもA案はダメそうだという気配となり、昨日、
 
 
 
A案を諦め
 
 
B案でいこうと腹を決め
 
 
 
夫に、「B案になりました!」と宣言。
 
 
 
 
すると、夕方になってからA案で行けることが判明。
 
 
 
 
その連絡があったときには思わず
 
 
 
ええっ~!
 
 
 
と、驚きの声を上げてしまいました。
 
 
 
だって、もうすっかり諦めていたから。
 
 
 
ああ、願いが天に通じた
 
 
 
と思いました。
 
 
 
 
 
 

満願成就

 

昨日は満月。

 
そして、わたしの
 
 

満願成就の日

 
 
でもありました。 
 
 
 
 
実は、自分の望みを毎日唱え続け、昨日が21日目。
 
 
それが、ちょうど
 
 

満月の日

 
 
だったということです。
 
 
 
 
別に満月の日から逆算して、望みを唱え始めたわけではありません。
 
 
 
 
よし、今日から唱えよう
 
 
 
と決めて、そして21日目が、偶然にも満月だったのです。
 
 
 
 
 
なぜ、21日?
 
 
 
21日間というのは、人の潜在意識にインプットするのに、必要な日数なんだそうです。
 
 
 
 
真言も、7の倍数唱えるといいと言われていますね。
 
 
 
 
理屈はどうあれ、わたしはいいと言われたことは素直に信じてやってみる派です。
 
 
 
 
 
ところで、前に
 
 
 

⇒変化を受け入れる

 
 
 
 
 
といった記事を書きました。
 
 
 
これで、トラウマはほぼ解消されたはずと。
 
 
 
 
ところが、先日、これまた凄い夢を見てしまいました。
 
 
 
 
わたしのスピの最初の師匠の夢です。
 
 
 
かなり強烈な人でした。
 
泣きながら去って行った人が何人も……
 
 
去って行ったというか、追い出されたというか……
 
 
 
わたしも去って行った一人ですが、その結果スピの世界がほとほと嫌になり、
しばらくはスピのスの字もない生活を送っていました。
 
 
 
 
ま、その後、新たに出会った師匠により、
 
 
あれ、スピの世界って、こんなに楽しいの⁉️
 
 
リーディングやチャネリングって、こんなに楽にできちゃうの
 
 
 
って、スピに対する概念がすっかり変わり、今のわたしがいるのですが。
 
 
 
 
で、その最初の師匠に、夢の中で物凄い形相で襲いかかられたのです。
 
 
が、仲間と共に撃退するという夢でした。
 
 
 
 
その師匠のことは、本当にもうすっかり忘れていた……
 
 
 
つもりでした。
 
 
 
 
夢に出てきたから、
 
 
 
そういえば、そんな人もいたな
 
 
 
と、思い出した。
 
 
そんな感じです。
 
 
 
 
ただ、その頃はホントに辛くて苦しくて悲しかったのは確かなことでした。
 
 
 
でも、本当にすっかり忘れていたのです。
 
 
 
 
そんな心の奥深くのトラウマまで癒されて迎えた満月。
 
 
それも、望みを唱え続けて21日目。
 
 
 
だから、満願成就という言葉を使いました。
 
 
 
 
 
 
 
 
さて、以前の夢では、
 
 
 
わたしには守るべきものがあり
仲間がいる
 
 
 
という内容でしたが、今回はその仲間と共に、その師匠を撃退しました。
 
 
 
 
こんな夢の変化も面白いですね。
 
 
 
 
 
 
 
わたしが、お試しと呼ぶ夢を見るのは、何年かに一度のことです。
 
 
だからこそ
 
 

お試し

 
 
なのです。
 
 
 
ところが、このところ、たて続けにお試しやら、トラウマ解消の夢見るのです。
 
 
 
こんなことは、これまでには一度もなかったことです。
 
 
 
それが、わたしにはちょっと不思議で……
 
 
 
 
 
実は、まもなく最強のパワースポットへ行く予定です。
 
 
なので、満月に満願成就と書きましたが、これがゴールではなく、
パワースポット訪問が本当のゴールであり、
それがまた、わたしの新しい人生の始まりなのだと思います。
 
 
 
 
 

 

3度目のお試しが来た!

 

これまでに2度、お試しが来ました。
 
 
 
 

お試し

 
 
 
 
って、何?
 
 
 
 
 
そうですよねぇ。
 
 
 

お試し

 
 
 
とは、わたしが勝手に、そう名付けただけのもの。
 
 
 
 
わたしは夢でメッセージを受け取っとたりしますが、
その夢の中で、最もハードなものを
 
 
 

お試し

 
 
 
と名付けました。
 
 
 
 
初めてお試しが来たのは、今から20年前。
 
 
離婚したばかりの頃でした。
 
 
 
夜、寝ていると、恐ろしい形相のものが、
 
 
 

ここに来るぞ !

 
 
 
と凄むのです。
 
 
 
 
 
 
その恐ろしさといったら。
 
 
 
夢の中で、わたしは生まれて初めて味わう恐怖に
恐れおののきながらも、
 
 
 
ダメだ
 
こんなものの侵入を許すわけにはいかない
 
 
 
と、必死の思いで
 
 
 

ダメだ!

 

来るな!!

 
 
 
と、声にならない声を上げたのでした。
 
 
 
 
恐ろしいものは、退散していきました。
 
 
 
けれど……
 
 
 
目が覚めてからも、怖くて怖くて体の震えが止まりませんでした。
 
 
 
 
とてもじゃないけれど、暗い部屋で眠る気にはなれません。
 
 
かといって、明かりを付けたのでは明るくて眠れません。
 
 
 
仕方なく廊下の電気を付け、寝室の扉を少し開けて、
明かりの存在を感じられるようにしました。
 
 
 
それでも恐ろしさは消えず、どうすればいいかと悩んだあげく、
南無妙法蓮華経を唱え続け、
いつの間にか、再び眠りに落ちていったのでした。
 
 
 
 
 
 
2度目のお試しは、それから5年くらい経った頃に来ました。
 
 
 
 
やはり夜寝ていると、夢の中に、かつての会社の仲良しだった
同期が出てきたのです。
 
 
 
姿形は、確かに友でしたが、顔が真っ白で、感じた雰囲気は、
邪悪そのものでした。
 
 
 
 
 
その友の姿形をした邪悪なものが、
 
 
 
仲間を連れて来る
 
 
 
と言うのです。
 
 
 
 
わたしは、悩みました。
 
迷いました。
 
 
 
 
だって、姿形は友なのです。
 
 
 
拒絶したい。
 
でも、そんなことをしたら、
友を傷つけるのでは?
 
 
 
 
夢の中ではありましたが、リアルに悩み迷いました。
 
 
 
しかし、その邪悪さは揺ぎないものでした。
 
 
 
 
わたしは自分の直感を信じることにしました。
 
 
 
 

来るな!

 

去れ!!

 
 
 
 
こんな邪悪なものに仲間と一緒に来られたのでは堪りません。
 
 
 
 
本当に絶対に嫌だと伝えたくて、寝ているのに、
声に出そうと頑張りました。
 
 
 
すると、その邪悪なものは去っていきました。
 
 
 
 
前回のこともありましたから、わたしはキッチンの明かりをつけて
寝室に明かりが漏れるようにし、南無妙法蓮華経を唱えたのでした。
 
 
 
 
別に仏教の信者ではありません。
 
 
 
けれど、邪悪なものを祓う言葉として思いついたのが、
これともうひとつ、南無阿彌陀仏でした。
 
 
 
でも、南無阿彌陀仏は、何だか沈んでいくようで……
 
 
 
南無妙法蓮華経なら明るくなりそうだと、
夢の中で、恐怖におののきながらも、そんなことは考えたのです。
(この南無阿彌陀仏と南無妙法蓮華経の違いは、
後に言霊を扱うようになってから、よく理解できるようになりました)
 
 
おかしなものですね。
 
 
 
 
 
 
ところで、なぜ、これらの恐ろしい夢を
 
 
 

お試し

 
 
 
 
と名付けたのか?
 
 
 
 
 
それは、この夢を見た後で、必ず人生が好転していったからです。
 
 
 
 
 
 
 
お前は、恐ろしさに負けて邪悪なものを受け入れるか
 
 
それとも、自分を信じて拒絶するか
 
 
 
 
と、試されたのだと思うからです。
 
 
 
 
 
特に2回目の時は、友の姿を借りて奴はやって来ました。
 
 
 
 
表面的なものに惑わされず、判断できるか
 
 
 
と、問われたようでした。
 
 
 
 
 
これが、お試しでなくて何でしょう。
 
 
 
 
 
さて、それから10年以上が経ち、お試しの夢のことも忘れかけていました。
 
 
 
 
ほぼ申し分のない生活を手に入れた今、
お試しはもう必要なくなったのかとも思っていました。
 
 
 
 
 
ところが、昨夜。
 
やって来ました。
 
 
 
 
夢の具体的な内容は、またいつか、日が経った後に
お伝えさせてください。
 
 
 
 
ただ、1回目や2回目のお試しと決定的に違っていたのは、
今回のお試しでは、わたしに守るものがあったという点。
 
 
 
 
そして、もう一つ。
 
 
援軍が来るとわかっていて、
それまでを凌ごうと踏ん張っていたことです。
 
 
 
 
これまでは、一人でした。
 
だから、一人で退散もさせました。
 
 
 
 
 
それでも、とても恐ろしかったことには変わりなく、
目が覚めた時が、ちょうど夜中の2時だったというのも
恐怖に拍車をかけました。
 
 
 
そして、今回は南無妙~ではなく、最近覚えた真言を
唱えたのでした。
 
 
 
 
でも、またお試しが来たということは、
わたしの人生、さらにステップアップするということでしょうか。
 
 
 
期待とともに、その変化を楽しみに待ちたいと思います。