浄化の雨とお試しの夢

わたしは、時々夢からメッセージを受け取ります。

  7.生まれての初めての夢のお告げ

  9.夢のお告げは百発百中

 

さて、先日のお彼岸。

義父のお墓参りに行ってきました。

午後から雨模様との天気予報に、午前中に出掛けたのですが、早くも雨が…

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浄化の雨か~

 

なんて思いつつお墓参りを済ませました。

しばらくすると雨が上がり、晴れ間も見えてきました。

 

その晩のこと。

 

夢の中の夢で、寝ているわたしの横に、夫がするっと入ってきたんです。

 

ダンナかぁ

 

と夢うつつで思った次の瞬間、

 

ん? 違う。おかしい!

 

と感じ、

 

出ていけ!

出ていけ!!

 

と叫んで(特に仏教徒というわけでもないのに)念仏を何度も唱えました。

 

それは夫の姿を借りた邪悪なものだったのです。

そこで目が覚めたのですが、心底恐ろしくて、しばらくは体の震えがとまりませんでした。

 

実は、こうした夢を見たのは3度目です。

10年ほど前と、そのさらに5年くらい前です。

 

初めて見たときは、まさに邪悪なものとわかる(もちろん夢の中でのことですが)姿かたちをしていたので、危機をはっきりと認識し、

 

邪悪なものは去れ!!

 

と、力の限り叫び、あまりの恐ろしさにどうすればいいのかと迷った挙句、念仏を何度も何度も唱えたのでした。

 

2回目の時は、わたしの仲の良かった友人の姿をして現れました。

見た目は仲良しのKちゃんなのですが、漂ってくる気配は邪悪そのものでした。

けれど、一瞬わたしはためらいました。

だって、見た目はKちゃんなんですから…

 

去れ!

 

なんて、Kちゃんにはとても言えません。

 

けれど、そんなにゆっくり悩んでいる暇はありません。

Kちゃんの姿をした、その邪悪なものは、

 

ここに、たくさん仲間を連れてくるよ

 

と言うではありませんか。

 

ダメです。ダメです。絶対ダメです。

 

仲間なんて連れてこられては困ります。

わたしは、意を決して、きっぱりと叫びました。

 

ダメだ!

帰れ!!

立ち去れ!!!

 

Kちゃんの姿をした邪悪なものは、すぅーっと消えていなくなりました。

心臓はドキドキとし続け、目は覚めているのに、怖くて目が開けられません。

わたしはまた念仏を必死で唱えました。

それはもう、なにかを唱えていないといられないほどの恐ろしさなのです。

 

 

不思議なことに、こうした夢を見たあと、わたしの運命がどんどん変化していくのです。

もちろん、良い方向へです。

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きっと、わたしは試されているのです。

邪悪なものを拒否する勇気を。

友人の姿をして現れたとしても、本性を見破れるか。

自分の感性を信じて、追い払えるのか。

 

そして、まさかの3回目の夢。

それも今度は、夫の姿で・・・

 

今回は、わたしもすぐには見破れませんでした。

でも、ちゃんと氣がついて追い払うことができました。

ということは、ここまできて、まだわたしは変化していくということでしょうか?

一つはっきりと言えるのは、こういう夢を見るのは、きっとこれが最後だろうということ。

だって、夫の姿までしてきたのに、見破られたんですよ。

他に、どんな姿で現れることができるというのでしょう。

 

さてさて、これからわたしはどう変化していくのでしょうか?

 

ワクワクの止まらない春となりました。

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今のわたし

現在、プロフィールを連載中です。

  連載プロフィール目次

 

 

そして、よく言われるのが、

 

ゆみこさんが、そんな色々な目にあったなんて信じられない。

 

ということ。

 

今のわたしを見ていると、言いたいことが言えなかったとかなんて、あり得ない~

 

という意味のようです。

 

そりゃ、そうでしょう。

今のわたしは、結婚生活は順調だし、それに伴う経済生活も安定しているし、わたしを大切に思ってくれたり、仲良くしてくれる人は回りにたくさんいるけど、いじめてやろうなんて人はいません。

 

そうです。

 

今のわたしには。

 

これまで色々なことがあって、そういう自分になれたから。

いえ、そういう自分を取り戻したという方が正しいかな?

 

人は誰も、大切にされ尊重されるようにセッティングされて生まれてきているのです。

ただ、それを忘れてしまっているだけ。

 

思い出せば、いいのです。

取り戻せばいいのです。

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久しぶりに『プチ癒しフェスタ』に出展します。

よろしかったら、足をお運びください。

 

 プチ癒しフェスタに出展します

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過去のわたしと、今のわたし

つい最近、過去の自分と今の自分で、何が一番変わったかについて、振り返る機会がありました。

 

 

過去の自分は…

 

過ぎ去ったことを、いつまでも思い悩んだり…

まだ来ぬ未来を勝手に想像(妄想)して、思い患ったり…

その結果、肝心の現在(いま)を見失う。

 

ということが多かったような氣がします。

 

過酷過ぎる現実から目を逸らさずには居られなかった。

という時も、確かにありましたが・・・

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そして、今の自分は…

 

過去は終わったことで、既に存在しない。

もちろん、過去の経験を活かしての今なのですよ。

でも、活かすのは過去の “ 出来事 = 器 ” ではなく、その “ エキス = 中身 ” ですよね。

 

そして、未来は、まさにまだ来ぬもの。

つまり、まだ存在していない。

今の変化に応じて、どんどん変わっていくもの。

 

だったら、今確かに存在している “ 現在 ” を大切に生きるしかないじゃない。

 

ということが、頭だけでなく、心から理解できるようになりました。

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もちろん、過去の思い出に浸ったり、未来に思いを馳せることは、今だってあります。

けれど、必ず、今ここに戻ってくる。

それが、当たり前にできるようになったな。

 

と思うのです。