原点に戻る

人間関係というのは、時として煩わしいものです。

特に、知人や親戚ともなると、氣を使います。

 

わたしも一時、そのことであれこれと悩んだことがあります。

 

わたしの中に、

 

嫌ってはいけない

仲良くすべきだ

 

との思いが、強くあったからです。

 

ですが、ある時から考え方を変えました。

 

知人であるとか親戚であるとかの枠組みを外してしまえば、要は人間対人間。

 

だったら、わたしはわたしらしくあればいい。

 

これが、わたしです

 

と、飾らない自分を見せていくしかない。

 

 

これは、諦めではありません。

ましてや、開き直りでもありません。

 

しいて言うなら、

 

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でしょうか。

 

 

その結果、相手がどう受け取るかは、相手次第。

こちらがコントロールできるものではありません。

 

もし、素直に受け止めてもらえなければ、それは素直に受け取られない人なのです。

素直に受け止めたくない人なのです。

 

開かない扉をノックするのは止めましょう。

 

 

 

歪んだ人は、歪んだ人生を生きるだけのこと

 

 

そう思えるようになってから、氣が楽になりました。

 

 

だけど、時には、友人に愚痴をこぼしてみたり、信頼できるセラピストさんに話してみるのもいいかもしれません。

 

自分の心は自分にしか癒せないのだから、心の中に澱が貯まってきたならお掃除すればいいだけのことです。

 

 

あ!

一応? わたしもセラピストで~す!!

 

 

人生の選択

 

昨日の新聞に出ていた記事。

 

 

本やCDなどの、不正コピーやダウンロードが多いようです。

 

本や音楽の製作者(著者など)は、印税で生活をしているわけで…

 

 

印税で生活できるなんて、楽でいいじゃ~ん

 

と思う人もいるかもしれませんが、その作品が世に出るまでに、

どれだけの人の能力・労力、そして時間が費やされていることか。

 

 

 

「人のものをかすめ取る」ということは、「自分のものをかすめ取る」ことを人に許こと。

 

つまり、取って取られてという人生を選択しているわけです。

 

 

今は、ただで見たいものを見られてラッキー!と思っているかもしれないけど、

それは、何かにつけてかすめ取られていく人生が、これから待っているということでもあります。

 

 

そういう人に言うこと?

 

 

そうですねぇ、彼らのこれから先の人生を思うと、

 

お疲れさまです

 

かなぁ~

たまには、のんびりと

8月は、月初めに八ヶ岳でのんびりしてきたので、それ以降は、とくに遠出をすることなくのんびり過ごしています。

 ⇒ 夏は八ヶ岳

 

夫は、会社を辞めたのですが数独協会の仕事が忙しく、たまに打ち合わせに出かける以外は部屋にこもっていることも多く、たまに氣晴らしに夕飯を作ってくれたりするので、『 塗れ落ち葉 』亭主になる心配はなさそうです。

安心しました。

 

 

人生には、何回か大きな節目があります。

 

夫の退職というのも、極めて大きな節目の一つですね。

 

まず経済的な面での変化。

これは、前々から夫と何度も退職後の生活について話し合ってきました。

これからも、数年ごとに話し合い・見直しをしていくことになるでしょう。

 

 

 

次は、時間的な問題。

実は、世の主婦にとってはこちらの方が大問題化かも。

わたしは夫に、

 

出かけようと家にいようと構わない。

ただ、わたしが出かけるときに、

どこ行くの?

何時に帰るの?

僕の食事は?

といったことだけは言ってくれるな。

 

と、はっきり言ってありました。

夫の性格からして、そうしたことを言うようにはならないと思っていましたが、念のためです。

 

それぞれが、別の人格を持った、自立した大人ですから。

 

出かけるときに、どこに行っていつ頃帰るなんてことは聞かれなくても必要なことは伝えておくし、わたしがいない間の食事のことなんて知りません。

おなかが空いたら、食べに出るか、家にあるものを食べればいい。

ただ、それだけのことです。

 

 

わたしたちより上の年代の方は、奥様が出かけられる時には、ご主人の食事の用意もしていかれることが多いかもしれません。

育った時代が違えば、考え方も変わります。

 

どれが一番正しいかなんて、誰にもわかりません。

 

けれど、夫婦というのは、とても個人的な関係だと思います。

もちろん、結婚は家と家がつながるという面もあるのですが、日常に目を向ければ、人間と人間の個人的なつながりです。

その中で、お互いが納得できるのであれば、極端な話、なんでもあり! 

それでいいと思います。

 

家庭は、それぞれの家族が、のんびりくつろげることが第一。

くつろげるために、お互いが何をし何をせず、何を言って何を言わないか。

それが話し合え理解しあえる関係が、一番いいんじゃないか。

わたしは、そう思います。