〝 死 ” という形の別れ

人は生きていく中で、多かれ少なかれ別れというものを経験します。

 

それは、

クラス替えや進学によるクラスメイトとの別れ

仲違いや引っ越しによる友人との別れ

思わぬ環境の変化に伴うコミュニティとの別れ

心境の変化など諸般の事情による恋人、あるいは配偶者との別れ

 

いろいろです。

 

そして、数ある別れの中でも大きな影響を与えるものの代表が 〝 死 ″ ではないでしょうか。

 

わたしも、中学三年生の時に父を病気で失いました。

そして、離婚の際にも連れて出た犬を、やはり病気で失い、ペットロスになりかけました。

幸か不幸か、その直後に解雇の憂き目に遭い、現実面での問題に振り回されてペットロスどころではなくなりましたが…

 

このペットロスについては、時折ご相談をいただたりもしますので、今日はそのお話をしてみたいと思います。

 

可愛がっていたペットというのは、もはや家族の一員で、その存在を〝 死 ″ という形で失うのは、本当に苦しく辛いことです。

生きる支えを失うといっても過言ではないでしょう。

もし、どれだけ万全の看病ができていたとしても、「もっと何かしてやれたのではないか」との思いが、

いつまでも心の中に残ってしまうといこともままあります。

泥沼に飲み込まれていくような感覚を味わうこともあるでしょう。

 

 

でも・・・

 

わたしたちは生きていかねばなりません。

命あるものは、その生を全うしなければなりません。

 

だから、

 

こんなふうに考えてみることはできないでしょうか?

 

ペットを失う悲しみは、見方を変えれば、看取ってやれた喜びであり幸せであると。

 

 

こんな言い方をすると誤解を招いてお怒りになられる方もいらっしゃるかもしれませんが、

 

もし、ペットが人間より長生きだったら。

 

この犬は祖父の代から飼っている犬で…

 

そんなことになったら大変です。

 

自分の代で死なせるわけにはいかない!

 

必死です。

 

 

犬や猫などのペットは、人間より寿命が短いからいいのです。

だから、最後を看取ってやれるのです。

 

わたしたち夫婦も、たまに「犬でも飼おうか」と話す事があります。

けれど、自分たちの年齢を考えると、その決断は早ければ早い方がいい。

とはいえ、まだまだ旅行も楽しみたいと思うと、未だ決断ができずにいます。

 

 

 

犬や猫、その他のペットは命の重さ・暖かさを教えてくれる素晴らしい存在です。

今、何かペットを飼っていらっしゃる方は、そんな存在に出会えた幸せに感謝しつつ、

笑顔溢れる生活を心ゆくまでお楽しみいただきたいと思います。

 

 

 

⇒ 連載プロフィール目次

自分で自分を癒す

心がささくれだっているときは、そんな自分の姿を想像してみよう。

 

 

真っ赤な顔をして怒っている?

 

それとも、

 

顔をくしゃくしゃにして泣いているかな?

 

あるいは、

 

拗ねてうつ向いているかも

 

 

 

どんな姿でもいいから想像できたら、その自分を、もう一人の自分で抱きしめてあげて。

 

 

 

いいんだよ

 

大丈夫だよ

 

大好きだよ

 

 

 

そう言って抱きしめてあげて。

 

そうすると、心はずいぶんと落ち着くはず。

 

 

 

 

新しい扉を開けるには

 

人は、心から納得できないことは行動に移すことができません。

 

もし、行動に移したとしても、嫌々なのでうまくいきません。

 

だから、うまくいかせるためには、

心から納得すること=「腑に落ちる」ことが不可欠です。

 

 

⇒氣づきってなんだ~?

 

 

「腑に落ちた」ことには、前向きに行動に移せます。

 

 

 

というより…

 

 

 

知らず知らずのうちに動いちゃってますから~

 

そして前向きに行動できたことは、うまくいきます。

 

 

 

 

知らないうちに動いていて、氣がついたらうまくいってた!

 

 

 

 

ということになるのです。

 

 

 

 

つまり、扉を開けてるんです。

 

 

 

 

扉、開けけちゃってるんです。

 

 

そして、わたしは、そのお手伝いをさせていただきたいと思っています。

 

 

 

 

 

 

6月から、メールカウンセリングを始める予定です。

 

準備が整いましたら、改めてご案内させていただきます。

 

それまで、今しばらくお待ちください。