連載小説『お由布』 その八

 

   八

 

   得意先を回ったあとで丁稚を先に店に帰すと、清之助は一人茶屋の店先に座っていた。目の前を多くの人々が通り過ぎていく。もちろん夫婦連れも。

   清之助にとって、十五も歳下のお由布はいつでも頼りなくて危なっかしいのであった。それが清之助の気がかりであり、また愛しいと感じるところでもあった。だから、お由布の顔を見るとつい何か言いたくなる。

 守ってやりたいと思うことは、裏を返せば干渉することであり、また支配することでもあった。清之助の愛情は、常にそういった形でお由布の上に注がれていた。

 その上、日を追うごとに、年を重ねるごとに増してくる仕事上の責任が、だんだんと清之助を気難しい男にしていった。その気疲れが、大きなため息となってお由布の上に覆い被さっていく。

   清之助とて、お由布のことを大切に思わないわけはない。しかし、幼くして親元を離れ、表ばかりか裏までも男の奉公人で占められている江戸店で、ひたすら仕事に励んできた清之助には、女のことが実はよく分からずにいたのである。

「支配人になったのだから、妻を迎えてはどうか。その方が仕事にも身が入ろう。誰か思う人はいないのか」

と聞かれ、かつての日野屋での会食の際に見かけたお由布のことを話したところ、とんとん拍子に話がまとまったのが、この度の嫁取りであった。

 

   大店での奉公は、その修行の厳しさに丁稚のうちに三分の一が脱落していく。無事、手代から番頭にまで出世してきても、酒におぼれて身体を壊したり、女ができて出奔した者。数え上げればきりがない。そんな世界を目の当たりにしてきた清之助は、ただひたすら真面目に働いてきた。だからこそ、今ここにこうして居られるのである。それが清之助の自負であり、支えであった。そうでなければ、酒もやらず、女遊びにも走らずに生きてきた自分の人生が、あまりに情けない。

   お由布との縁談が進んでいく中で、幼くしてふた親を亡くし、早くから奉公に出たという生い立ちを聞いて、そういう娘とならやっていけるだろうと思った。しかし、生身のお由布からふとした折に顔を覗かせる負けん気の強さややんちゃさが、清之助を戸惑わせた。それさえなければ、お由布は可愛い嫁であった。だから、その邪魔者をお由布の中に封じ込めようとした。封じ込んでおくうちに、それは自然と消えていく。そういうものだと信じていた。

   だが、どうしたことだろう。表面的には姿を見せなくなったそれらが、時折ゆらゆらと陽炎のような気配だけを忍ばせる。

   清之助は考えあぐねていた。今更これまでのやり方を変えることなどできはしない。そんなことをしたら、清之助のこれまでの人生までもが、足元から崩れていってしまいそうだった。そんなことはできない。できないのだ。

「お勘定、ここに置くよ」

 店の奥に声をかけ、何かを吹っ切るように湯飲みを置くと、清之助は店へと戻っていった。

 店の亭主が、不思議そうな顔で見送っていた。

 

連載小説『お由布』 その七

  七

 

 八百屋からの帰りしな、不意にどきりとして、お由布は思わず立ち止まった。

 このところ胸の辺りにきりきりとした痛みを感じて、清之助が店に出かけた後に、横になるということが時折あった。どうかするとそのまま暮六ツの鐘が鳴るまで、起き上がることができないこともある。

 

 二人が祝言を挙げてから三年が過ぎていた。その歳月は、しかし二人に子供を授けることはしなかった。この三年という月日が二人の上にどのように流れていったのか。この頃お由布は考える。

 

 幸せとは、一体何なのだろう。

 

 平和であることが幸せならば、確かに今の自分は幸せである。守られていることが幸せというのなら、確かに幸せのはずである。なのに一向に心が温かく満たされないのは、なぜなのか。

 頼りがいがあると思っていた夫の厚い胸板が、今は目の前に立ち塞がる大きな壁に見える。大人らしい悟り切った態度すら、自分を一人前として見ていないように感じられた。

 寂しい。

 子供がいないからではない。もっと別の意味の寂しさが、お由布の心を締め付ける。

 毎日、自分の思いに背を向けて、言われるままに頷き謝ることで、表向きは平和な日々が続いていた。けれど、心の中には生み出されることのなかったいくつもの言葉が、澱のように幾重にも重なっていた。

 

 卯月に入って、雨が降ったかと思うと薄ら寒い曇天や、降りそうで降らない陰気な空模様が続いていた。体の不調は相変わらずで、最近では胸だけでなく頭までもが、きしきしと痛むようになっていた。胸につかえるような不快さに耐え切れず、清之助が店に出かけた後で、横になる。そんな日が、だんだんに増していっていた。

 

 

自分で確かめる

その昔、とある作品を仕上げるために、どうしても実際に訪れてみたい場所がありました。

 

 

どうしても確認したいことがあったのですが、夫(前夫です)に言い出すことができず……

 

でも、

 

やっぱり、行きたい!

 

やっぱり、確認したい!!

 

 

と思ったわたしは、

 

 

行きました。

 

 

朝、夫をいつもと変りなく送り出すと、ダッシュで準備をし、

近鉄・新幹線と乗り継ぎ、やってきたのは、東京。

(その頃は、三重県に住んでいたのです)

 

 

行きたかった場所は、

 

東京タワー

 

です。

 

 

どうしても確認したかったのことは、二つ。

 

一つは、

 

展望台からの眺め

 

そして、もう一つは、

 

その時、自分が何を感じるか

 

です。

 

 

東京タワーの展望台に上り、そこからの眺めをしっかりと目に焼き付け、

そして心に問いかけ、再びダッシュで家へと戻り、

何食わぬ顔をして帰宅した夫を迎えたのでした。

 

 

さて、今日は、現在連載中の小説『お由布』の舞台となる場所を、実際に歩いてきました。

 

これで、三回目です。

 

 

本日のお供は、こちら。

 

古地図の類は何種類か持っているのですが、今日はこれを持って出ました。

 

中は、現在と江戸時代とを対比してみることができるようになっています。

 

 

バスも電車もなかった江戸時代の庶民は、もっぱら歩き。

なので、実際に歩いてみないと。

もちろん、小説に描くことすべてを実際に確認することは無理です。

でも、できる限り自分の目と足で確認したいと思います。

 

本日のスタート地点は、こちら。

 

テレビのCMでもお馴染みの福徳神社です。

小説に出てくる清之助の勤め先は、この辺りという設定です。

 

爽やかな小道も…

 

 

さらに歩いていくと、こんな楽しいお店もありました。

 

 

 

クチナシの甘やかな香りにも癒されて、気分上々の江戸散歩でした。