映画「ザ・グレイテスト・ショーマン」

 

映画館で予告編を見たときから、

 

この映画は絶対観るぞ!

 

と心に決めていました。

 

 

「ザ・グレイテスト・ショーマン」

 

 

 

冒頭で、幼い娘たちが、それぞれの夢を語る場面で、既に涙腺が緩んでしまい……

 

年々、涙もろくなってるなぁ~

 

 

歌詞が、あまりにも素晴らしかったので、パンフレットも、買うてしもうた。

 

フィリップの変化も素敵でした。

 

やっぱり、愛だね!

 

 

 

 

 

人が人としても生まれてきたことに、なんの文句があるというのだろう。

 

まして、恥だなんてあるわけがない。

 

 

それにしても、ヒュー・ジャックマンの格好いいこと。

 

 

惚れてしまうなぁ~

 

そして、アン役のゼンデイヤのスタイルの素晴しさ、

 

ため息~

 

他にも、歌も踊りも素晴らしく、もちろん魅力的な出演者たちも目白押しで、感動の映画でした。

映画『ペンタゴン・ペーパーズ』

 

わたしの父は新聞記者でしたが、わたしが中学三年生の時に癌で亡くなりました。

 

享年45歳でした。

 

 

小学生の頃だったかと思うのですが、一度母に連れられて父の会社へ行ったことがあります。

 

父のデスクの上には、本や書類が山積みになっており、灰皿にはたばこの吸い殻が、こちらも山積みに。

 

父は椅子にふんぞり返るように座り、そんなデスクの空いたスペースに両足を乗せていました。

そして、なんと足元には一升瓶。

 

早死にするのも、なんとなくうなずけますね。

 

 

 

休みの日も父は、時間を見つけては机に向かって原稿を書いていました。

 

そんな机に向かう、ちょっと丸まった父の背中を、今でもよく覚えています。

 

 

よく、比喩として「親の背中を見て育つ」と言いますが、わたしはまさに、そんな父親の背中を見て育ったのでした。

 

 


 

 

さて、先日に引き続き、骨太な映画、『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』を観てきました。

 


 

ベトナム戦争さなかの、アメリカの代表的な新聞社の一つであるワシントンポストが舞台です。

 

最高機密文書をめぐっての、政府と新聞社との、言い換えれば国家権力と言論の自由の戦いの物語です。

 

メリル・ストリープは、昔から大好きな女優さんです。

 

彼女は夫の死に伴って、ワシントンポストの発行人となるのですが、

それはアメリカ主要新聞社史上初の女性発行人でもあったのでした。

 

 

まさか自分がそんな立場になると思っていなかった彼女は最初の内は、

おどおどとしていて、ほんと頼りない。

 

回りの役員からも全然信用されていません。

 

 

ところが、この最高機密文書を新聞に掲載するかどうかの、

最高に厳しい選択を迫られたとき、彼女は真の発行人、

新聞社としての矜持を見せるのでした。

 

 

泥沼化したベトナム戦争を、それでも歴代の大統領は続けたのか。

その理由もわかります。

 

 

編集主幹役のトム・ハンクスをはじめとする、新聞記者の面々もいい味を出していました。

 

 

政府という国家権力と、新聞社などの報道は、どこを向いて仕事をするのか。

 

誰のために、政治や報道を行うのか。

 

もちろん、政治家も新聞社も支援者(後援会や購読者、あるいは広告収入)なしではやっていけません。

 

けれど、それらの協力を得ながら成し遂げたいことはなんなのか。

 

そして、それらの狭間に入るわたしたちは、何を見て聞いて判断し、どう行動するのか。

 

色々と考えさせられる映画でした。

 

 

 

さて、そんな骨太な映画の後は、最近お気に入りのベルギービールのお店で、

ゆるゆるとした時間を楽しんだのでした。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

映画『ウィンストン・チャーチル』

 

久しぶりに骨太な映画を観てきました。

 

 

ウィンストン・チャーチル

 

 

 

ナチスが攻勢を極めていたとき、イギリスの首相になったチャーチルの、史実に基づいたお話です。

 

 

前に『英国王のスピーチ』を観ていたし、

ダンケルクという映画も公開されていたのを知っていたので、

それぞれのピースが

 

 

 

なるほど~

 

 

 

と、一つにまとまった感じでした。

 

 

 

この映画で、特に印象に残ったのは、次の2つの場面。

 

 

1つ目は、イギリス国王が、

お城のバルコニーで「憎い」と言った場面。

 

もう1つは、チャーチルが生まれて初めて乗った地下鉄で、

市民と語り合う場面。

 

 

この映画は、戦争を描きながら、

戦争の場面はほとんど出てきません。

 

 

チャーチルその人に、ひたすら密着して描かれています。

 

最愛の奥さまとの、あるいは新米秘書との心の通い合いが、

ともすれぱ息が詰まりそうな緊迫した映画に、

心暖まる空気を運んでくれました。

 

 

歴史の授業で習って知ったつもりになっていたチャーチルとは、

全く違う顔を持ったチャーチルを知ることができて、

大満足の映画でした。

 

 

チャーチルは、言葉を武器に変えた男でした。