本音と建前

まもなく彼の国に新たな指導者が誕生します。

そこで、言葉という視点から、

勝手な感想を書いてみようと思います。

 

さて、彼はその過激なもの言いで注目を浴び、

あれよあれよという間に選挙で勝ってしまいました。

 

これまで、いわゆるエリートたちによる小綺麗な言葉使いにウンザリしていた人々に、

 

彼は本音を言う!!

 

と受け入れられ、一躍人気者になりました。

 

 

ここで、質問です。

 

建前の言葉は、すべてきれいな言葉ですか?

 

逆に、本音というのは、常に汚ない言葉でしょうか?

 

違いますよね。

 

言葉がきれいか汚ないかということと、

本音か建前かということは、別のものです。

 

でも、わたしたちの心理の中には、

 

建前=きれいな言葉

 

本音=汚ない言葉

 

といった図式が、何となく出来上がってはいないでしょうか。

 

例えば、思わず本音を口走ってしまう時は、言葉を選んでいる余裕などありませんから、

いわゆる汚ない言葉になってしまうなんてことは、ありがちなことです。

 

でも、だからといって、

汚ない言葉が本音であるということにはなりません。

 

逆は必ずしも真ならず

 

です。

 

 

さて、話を戻しましょう。

 

彼は、親から引き継いだ事業を更に大きく発展させたそうなので、

優秀なビジネスマンのはずです。

 

上流階級で育ち、一流大学も出ているようです。

 

そんな彼は、果たして、きれいな言葉使いができない人物でしょうか?

 

大切な商談の席で、下品なもの言いをしたりするでしょうか?

 

 

です。

 

そんなことで、世界規模で事業を発展させることなと、ほとんど不可能です。

 

 

もちろん、こんなことはあります。

 

例えば東京育ちの営業マンが他県に異動になったら、

地元の商店の人と話すときなどは、その地方の方言を使う可能性は大です。

その方が受け入れられやすいからです。

 

つまり、ターゲットとする相手に合わせる。

 

ということです。

 

いわゆる営業トーク。

 

これを彼に当てはめてみましょう。

 

彼が、これまでの政治家から相手にされていないと感じていた人々の支持を得たいと考え、

あのような言葉使いをしたとすれば、それは本音と言えるでしょうか?

 

これは、彼に限らず、

己れの国、地方、会社など、

わたしたちを取り巻く人間関係すべてに言えることではないでしょうか。

 

言葉は文化であると同時に、

非常に有効なコミュニケーションツールという側面も持っています。

 

日々、様々な言葉がわたしたちの回りには飛び交っています。

 

だからこそ、言葉の上っ面に振り回されないようにありたいものです。