「謝る」ということ

謝ることが苦手な人って、いますよね。

わたしも、時と場合によっては、うまく謝れないことがあります。

 

 

自分の方が悪い(間違っている)のに謝れないって、どんな場合でしょう。

 

その場でとっさに謝ることができないまま時間が経ってしまい、今さら謝れない

相手のことが好きでないので、謝りたくない

相手が部下や年下なので、謝ると威厳?が損なわれる氣がする

etc

 

それぞれの具体的な対処法については、9月から新しくスタートする ≪ ことだま教室 ≫の中で、

適宜お話しするとして、今日は『 謝る 』 ことの大切さについてお話してみたいと思います。

 

 

自分の方が悪い(間違っている)のに謝らないでいると、それがツケとして貯まっていきます。

ツケが貯まると、何らかの形で自分に返ってきます。

貯まったツケが返ってくるのですから、いいことであるわけがありません。

 

ツケを貯めないようにするには、お店の支払いと一緒で、なるべくその場で解消してしまうこと。

つまり、変な意地やプライドなんて氣にせず、とっとと謝ってしまいましょう。

将来、ツケで苦しまなくて済むように。

何より、自分自身のために。

 

 

あ~どうしよう

すでにツケが貯まってる!

 

と思った人。

 

あるいは、知らず知らずにツケを貯めてたらどうしよう

 

と心配になった人。

 

安心してください!!

 

悪いことはツケとして貯まっていきますが、良いことだって貯まっていきますよ。

その場合は、『 ツケ 』 ではなく、『 貯金 』 と言います。

 

 

わたしたちは日常生活の中で、クレジットカードを使っての買い物もしたりしますよね。

銀行口座にお金があれば、カードで支払った分は、毎月決済されて消えていきます。

人生もそれと同じ。

 

謝りそびれた

変な意地を張ってしまって謝れなかった

 

だけど、日々の生活の中で貯金ができていれば、ちゃんと消化されていって『 ツケ 』 にはなりません。

 

日々の生活の中での貯金については、主に≪ ことだま教室 ≫ の方でお話しさせていただけると思います。

 

 

 

9月より、新たにスタート

あけとの ≪ ことだま教室 ≫

 

教室は、次の3つのコースからできています。

 

*ことばひらき

*こころひらき

*みちひらき

 

これから順次、紹介させていただきますので、よろしく願いいたします。

 

 

 

日本語や言靈について、じっくり学んでみたいという方は、こちらをどうぞ

 

≪ あけと流ことだま講座 ≫

初級編

中級編

上級編

 

* * * * * * * *

 

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⇒日本語が大好きだ!

⇒『 生まれて初めて小説を書く 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物は言いよう

夏休み真っ只中。

バスや電車の中での子どもへの遭遇率が高くなります。

 

そんな中、氣になるのが、

 

座りたーい

座りたーい

 

と、子どもが愚図る場面。

 

たいていの親は、

 

もうすぐ降りるんだから我慢しなさい

 

とか、

 

 

あとちょっとだから辛抱しなさい

 

 

と、子どもに注意をします。

 

 

そうなのかぁ~と、わたしは思います。

 

 

わたしは、健康な子供は電車やバスの中では、なるべく立っていた方がいいという考え方です。

なぜかというと、そうすることで足腰が鍛えられるし、バランス感覚も養えると思っているからです。

 

確かに、お年寄りに席を譲るというのも大切ですけど、それ以前に自分自身の役に立つ。

その視点が大切なんじゃないかと…

 

それなのに、

 

我慢しなさい

 

とか

 

辛抱しなさい

 

という言い方をすると、電車やバスの中で立つことが、楽しくない・嫌なことになってしまう。

そんな氣がするのです。

 

 

 

ちょっと大げさな言い方になりますが、

どんなことにも嫌なところとか、氣に入らないところを見つけてしまうより、

ささやかでもいいから、楽しさとか面白さを見つけられる方が、絶対いい!!

 

そして、それを自分を磨く(育てる)ネタにできる方が、断然いい!!

 

わたしは、そう思うのです。

 

 

もちろん、わたしたち大人も、近くに子どもがいるときは、カバンなどの荷物が子どもの顔に当たったりしないようにとか、氣を配りたいものです。

 

 

 

 

 

 

体と言葉

最近、『からだことば』という面白い本を読みました。

その中に、こんな意味のことが書いてありました。

 

 

* * * * *

 

からだは医学や生物学だけの対象ではありません。人のからだには遠い歴史や深い文化がひそんでいます。

 

かつて、怒りを表現する言葉としては、

 

頭にくる

 

とか

 

腹がたつ

 

といった表現を使っていました。

 

けれど、今の若者は

 

ムカつく

 

という表現を使います。

 

ムカついて、そしてキレるのです。

 

つまり、かつての怒りを表す言葉には「頭」や「腹」といったからだの部位の名称が含まれていたのです。

それが、いまでは「ムカつく」。

どこにも、からだの部位を表す名称が含まれていません。

 

かつて、わたしたちは怒りを感じると、それを体でいったん引き取って、

そして「頭にくる」とか「腹が立つ」と表現しました。

 

今は、感情を体で引き受けることなく外に出す。

 

だから、ムカついて、キレるのです。

 

* * * * *

 

だいたい、こんなような意味のことが書かれていて、わたしはなるほどと感心したのでした。

 

 

「ムカつく」というのも、元々は、ものすごい怒りのために「胸がむかついた」ような感じになったのが、

胸の部分が消えてしまって「ムカつく」になったのだろうとは推測できます。

 

 

そもそも言葉というのは、周りの環境に対して感じたことを伝えるために生まれてきたものです。

つまり、私たち一人ひとりの内側から生じたものを外に出すためのもの。

だから、体とも密接に結びついているはずなんです。

*ここでいう体というのは、単なる肉体的な意味ではありません。

 

ところが、現代は、体と言葉が乖離してしまっている。

それは、感じることからも乖離してしまっているということなのかもしれません。

体の内側から生じたものを、きちんと感じることなく、体で引き受けることもなく、瞬間的に外に放り出す。

それが「ムカつく」。

瞬間的に放り出すから、キレてもしまうのでしょう。

 

わたしたちは人間で、人間は心と体の両方のバランスが取れてこそ、

その足でその人生を生きていくことができるのです。

 

心からも体からも目を背けたままで、人生は決して微笑んではくれない。

わたしは、そう思います。