「マリンブルーな季節 2019」3

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「真一!」
 
 母が駆けて行く。
 
 母の目には兄しか見えていない。
 
 病院のベッドの上に寝かされた兄の体にしがみついて、母は狂ったように泣き叫んでいた。
 
「真一! 真一!」
 
 繰り返し繰り返し、いつまでもいつまでも、母の叫び声は続いた。
 
 はっとして、目を覚ます。
 
 珍しく涼しい夜だったというのに、体中にじっとりと汗をかいていた。
 
 翌週から学校は夏休みに入った。上京してから初めての夏休み、真奈子は4ヶ月ぶりに実家のある鳥羽に帰った。
 
 何となく気乗りがしなかった。
 
 本当は夏休みに目いっぱいバイトをしてお金も貯めたかった。教材費など、目に見えないお金が結構かかるのだ。
 
 しかし、バイト先の店長から、
 
「初めての夏休みだから、ご両親も首を長くして待っていらっしゃるんじゃないの」
 
と言われ、思わずうなずいてしまった。
 
 それに、これといって親しい友人のいない真奈子には、東京で過ごす夏休みは、やはり長過ぎた。
 
 
  四ヶ月ぶりに降り立った鳥羽の駅は、相変わらず観光客で賑わっていた。冬場に訪れる人々の多くは、初詣に代表される《お伊勢参り》の人々だ。夏は、お伊勢参りの人々はもちろんのこと、海水浴やドライブを楽しむ若者らも加わって、かなりな賑わいとなる。
  鳥羽の駅は、朝から晩まで大勢の人々の行き交う、それら観光地への文字通り玄関口である。
 
 駅ビルの中にも土産物屋はたくさん入っているが、駅前の通りにも、今朝水揚げされたばかりの魚や貝、干物を売る土地の人々が、思い思いの店を広げて威勢のいい掛け声をかけ、観光客の足を止めていた。  
 
 真奈子の家は、鳥羽の駅からバスで30分ほど行った所にある、海沿いの小さな町だ。
 
 的矢湾を望むその小さな町は、民宿と漁港で成り立っていた。湾を挟んで対岸に安乗の灯台が見える。夏は海水浴客、冬は養殖している牡蠣目当ての客で賑わいはするものの、1泊かせいぜい2泊が限度の客が帰ってしまえばそれっきり。あとは静かでこれといった変化のない毎日が数珠繋ぎに連なっているような、そんな所だ。
 
 前のバスが出たばかりと見えて誰もいないバス停で20分ほど待ち、真奈子はようやく自宅へと帰り着いた。
 
 懐かしい我が家というわけでは決してなかったが、やはりほっとした。今までこんなに長く家から離れていたことはない。玄関前に立つと、少し緊張する。遠慮がちに、しかし期待感を持って、呼び鈴を鳴らす。
  
 返事がない。
 
 もう1度、今度は呼び鈴を鳴らしながら、ドアもドンドンと叩いてみた。が、やはり返事はない。
 
 バッグの奥をまさぐって、家の鍵を探す。
 
 別にそれほど歓迎してもらえると思っていたわけではない。しかし、上京してから初めての夏休みの帰省に、まさか家の玄関の鍵を自分で開けることになろうとは、いくらなんでも予想はしていなかった。
 
 淡いグリーンに花柄のワンピースの裾が、風に揺れる。一応これでもお洒落をしたつもりだった。東京に行って少しは変わったと言われたかった。だが、そう言ってくれるはずの家族は、全員留守のようだった。
 
 漁業組合に勤めている父は仕事、今年82歳になる祖母は、どうせまた近所の寄り合いにでも行っているのだろう。だが、母は? 母はどこへ行ったのだろうか。今日帰ることも列車の着く時間も、先日の電話で知らせてあったはずなのに。
 
 寂しさと腹立たしさに、ドンドンと足音を響かせながら2階に上がる。
 
 4ヶ月ぶりの自分の部屋。
 
 机に本棚、タンス、そしてベッドに至るまで、すべて東京のアパートに持って行った部屋の中は、がらんとしていて妙に広く感じられた。
 
 カーテンを開けても、北向きの真奈子の部屋からは、家々の屋根しか見えない。幾重にも連なる屋根の瓦を眺めながら十八年間を過ごしてきたのだ。
 
 何かが聞こえた。
 
 誰かが呼んでいる。
 
 どこから?
 
 誰が?
 
 階段を挟んで向かいは兄の部屋だ。
 
 導かれるように、ドアを開ける。
 
 長く閉ざされていた部屋の空気が、ぐらりと揺れた。
 
 その死以来、閉じられたままのカーテン。机の上には、ヨットの前でにこやかに微笑む兄の写真。少年と青年の間にある独特の危うさを孕みながら、それでも屈託のない笑顔を見せる兄の大らかさが羨ましく、切なくもあった。まだ18歳だったのだ。自分はとうとう今年、兄の歳に追いついた。そして多分追い越していくだろう。兄のように明確な夢も持たず、実現するための強い実行力もなく、ただぐずぐずと日を送るだけであっても、歳は重ねられていく。
 
 兄がヨットの練習中の事故で、海で命を落としてから3年という歳月が流れていたが、洋服ダンスの中身も、本棚に並ぶ本も、ベッドのたたずまいも、何もかもが当時のまま、そのままに時を止めている。
 
 時折、母は兄の体臭が残るこの部屋に、1人籠もることがあった。その時、母はどんな顔をしていたのだろう。何を思っていたのだろう。
 
 兄が亡くなったからといって、北側の陰気な部屋を使っている真奈子のために、この部屋を空けようなどとは、決してしない母であった。
 
 
 
 
 
 
つづく
 
 
 
 

ナイルの流れに遭いたくて ⑨

 
 
エジプトツアー6日目は、ルクソールに入港です。
 
 
午前はルクソール西海岸の観光。
 
 
まずは、王家の谷。
 
 
 
 
 
 
世界各地から大勢の観光客が来ています。
 
 
でも、これでも少ない方だとか。
 
 
わたしたちは朝早く来たので、この程度。
これからガンガンやって来るそうです。
 
 
 
なんと言っても、ここにはあのツタンカーメンの墓があるのです。
(ツタンカーメンの墓の内部は撮影禁止)
 
 
 
 
 
 
 
 
他にも、ラメセス9世、トトメス3世、ラメセス4世らの墓もあり、
これらの内部の壁画の美しいこと。
 
 
 
必見です。
 
 
 
 
 
愛らしさを感じます。
 
 
 
 
 
 
右に描かれているのはスカラベ。
ふんころがしです。
ふんころがしが丸めた糞を太陽に見立てて
「太陽をつかさどる神の化身」とされています。
 
 
 
 
 
 
色彩も鮮やか。
 
 
 
 
 
 
犬の頭を持つアヌビス神(墓守)
 
 
 
 
 
そして、こんな壁画も……
 
 
これは、ガイド氏も知らなかったって。
 
すわ、新発見か!!
 
 
 
 
 
 
ピラミッドが盗掘の被害に遭い、その対策として、こちらの谷に穴を掘って
王族や貴族が墓を作ったそうです。
 
 
 
この場所が選ばれたのは、エジプトではナイル川を挟んで西側が
 
 
 
死者の町
 
 
 
 
東側が
 
 
 
生者の都
 
 
 
とされていたから。
 
 
 
インドのアーユルヴェーダでも、やはり東に向かうと活性化され、
西に向かうと沈静化されるので、お金持ちは職場を東、住まいを西にしているとか。
 
 
西は日の沈む方角、東は日の昇る方角だからでしょうね。
 
 
 
 
 

思いつきのひと言

人生は選択の連続。
 
 
ランチは、何にしよう
 
 
から始まって、
 
 
仕事
 
 
結婚
 
 
などの、大きな選択まで。
 
 
今日の選択の結果が、明日出る
 
 
わけでは、必ずしもなく、
 
 
むしろ、何年何十年先に出ることの方が多い。
 
 
 
そう考えると、
 
 
人生は、大いなる実験場
 
 
であると言える。
 
 
生涯を掛けた実験に、わたしたち一人一人が日々チャレンジしているってことだね。