四季島の旅 ⑧

杢の抄での優雅なひと時を過ごしリフレッシュした後は、

山のマルシェへ向かいました。

ホテルのテラスには、足湯もありました。

 

このマルシェは、“ ほんとうに気持ちいいキャンプ場” 2002年日本一に認定されたことのある、

ニセコサヒナキャンプ場にあります。

 

 

「山のマルシェ」というのは、四季島のためにだけ開催される、特別なマルシェ。

 

 

ニセコエリアで育まれた旬の農産物を始めとした特産品の試飲・試食ができ、

気に入ったものがあれば注文をして、後日自宅に戸溶けられるという仕組みです。

 

 

まずは、生産者方や農産物についてのお話を伺います。

 

 

熱く語ってくださいました。

 

 

それから試飲・試食タイム。

 

 

わが家も、いくつか注文してきましたよ。

 

届くのが楽しみです。

 

 

楽しい時間を過ごした後は、洞爺駅から列車に乗り、

函館フランス菓子「ぺシェ・ミニョン」によるランチをいただきました。

 

連載小説『お由布』 その十一

 

   十一

 

「この間のは、どうでした。ね、面白かったでしょう。今度はこれはどうかって、幸さんが」

 いつの間にか、作治を通して幸吉の勧める本を読んでは感じたことを作治に話すのが、お由布の唯一の楽しみとなっていた。

 作治から聞いたところによると、幸吉はもともとは近江の商家の奉公人だったそうだ。

「それがどこでどうなったんだか。今では、一人で江戸と上方を行ったり来たりの仲買人ですよ」

 そう言いながら小指を立てると、いたずらっぽく笑って見せた。

 ほかの者がやると下品に見える仕草も、作治がやるとどこか憎めないのだった。思わずお由布も小さく笑った。

「中にはあくどいことをやってる奴らもいるらしいけど、幸さんはそんなことはしない。評判はいいですよ」

「そう。そうでしょうね。なんかわかる気がするわ。ところで、幸吉さんて、おいくつくらいの方なのかしら」

 幸吉に勧められて読んだ何冊目かの本を作治に返しながら、お由布はさり気なく尋ねてみた。

「歳ですか。歳は……、確かもうじき三十じゃなかったけな。なんなら今度聞いておきましょうか」

「い、いえ、いいのよ。別にそんなこと、わざわざ聞いてもらわなくっても。話のついでに聞いてみただけだから。へえ、そう……。それじゃあ……、それじゃあ、きっと、おかみさんもお幸せでしょうね」

 なぜか胸のあたりが、きゅんとした。

「いや、それがまだ独り者で。あの通りの人柄だから、世話をする人も何人かいたようですけどね。子供の頃に、親でかなり苦労したようで。所帯を持つ気になんてなりゃしないって、いつか蕎麦屋で一杯やった時に、笑いながら言ってたっけ。でも、なんか寂しそうだったね。よっぽど辛い目にあったんでしょうかねぇ。俺なんか、もうこの頃じゃ、女なら何でもいいかって気になってるけどね。誰も世話なんてしてくれやしないし、女の方でも相手にしやしない……ったく、見る目のない女が多すぎるってもんだぜ」

 作治は一人でぶつぶつ言いながらも、楽しそうに帰っていった。角を曲がった、すぐそこの小間物屋の娘と好い仲なのを、お由布は知っていた。帰りに娘の所へ寄っていくつもりがあるからこそ、この家にも足繁くやってきてくれるのだ。

「おや、作治さん、これからお駒ちゃんの所へお出ましかい。よ、色男」

「てやんでぇ、そんなんじゃねぇよ」

「なに照れてんだい。いい年をして、可愛いとこあんじゃないのさ」

「うるせぇ、くそババア。本を借りる気がないなら、おとなしく家に引っ込んでいやがれ」

 外では、長屋のおかみさんと作治との軽妙なやり取りが、しばらく続いていた。

 

 辛いから外に助けを求める人間と、辛いからこそ何も求めなくなる人間がいるのだ。幸さんて人はきっと後者なのだ。わたしは……わたしは、どちらだろう。

 お由布は作治の置いていった本の表紙を、愛しげに心を込めてそっと撫でた。

 

 

 

目標を明確にしたら、覚悟を決めて賭けに勝つ

昨夜、テレビでサッカーW杯の日本の試合を観ました。

 

それまでの二試合は、観ていません。

 

そもそも夜遅くまで起きているのが苦手だからです。

 

けれど昨夜は、失礼ながら、「もしかしたら、これが日本の最後の試合になるかもしれない」と思い、がんばって起きていました。

 

それが、あの稀有な試合を観ることになったのでした。

 

あの判断に関しては、色々な意見が錯綜しているようですが、わたしはこう考えます。

 

W杯の予選リーグは総当たりで、延長なし、PKもなしだそうです。

 

そして、あらゆる要素を点数化して、決勝トーナメントへ進める国を決めるとのことです。

 

だとするならば、ああいう判断も有りかなと、わたしは思います。

 

 

 

確かに、最後の最後まで自力で決勝トーナメントに進むぞとガツガツ戦って、挙げ句に負けたとしても、それはそれで美談にはなったかもしれないけれど……

 

 

でも

 

でも

 

でもね。

 

 

あえて、わたしはこう考えます。

 

 

W杯直前に就任した監督は、どうしても選手たちを決勝トーナメントに連れて行きたかった。

 

そして、そのために下した判断を選手も理解して受け入れて従った。

 

 

その彼らの目的意識と覚悟が奇跡、まさに奇跡を呼び込んだのだと。

 

 

もし、あれで、結局決勝トーナメントに進めなかったとしたら、一体どれだけの非難や中傷を受けたかしれません。

 

そうしたことが、あるいは、彼らの頭を過ったかもしれない。

 

 

 

人が極限の状態で下した判断に対して、わたしたちに、特にわたしなんか涼しい部屋でソファーに寝転がって試合を観戦していたわけで、そんなわたしに何が言えるかと。

 

 

 

要は、次の試合で勝とうが負けようが、

 

 

ああ、こういう戦いがしたかったための、あれだったんだ

 

 

と思える試合をすれば、それでよし。

 

 

そもそも、断然格上のポーランドは、日本から一点しか取れなかったんだし。

 

 

 

 

先程も書きましたが、覚悟を決めるということには、大きな力があります。

 

自分の人生を振り返ってみても、ここぞというところで、目標を明確にして、覚悟を決めてチャレンジしたら、まさに奇跡が起きました。

 

 

 

 

こうなったら、決勝トーナメントも観ないわけにはいかないなぁ~。