アフリカンな日々 その3

広い広いアフリカでは、Wi-Fiのつながるところが少なく、また、雄大な大自然の中、せっかく持っていったパソコンも立ち上げる氣になれず、こうして帰国してからのアフリカ旅行報告となっています。

 

さて、羽田から香港、ヨハネスブルクを経由してジンバブエへと入りました。

ジンバブエはビザがいるのですが、事前申請は必要なく、空港での手続きでオッケーです。

 

 

ジンバブエには国定の自然公園と私設の自然公園とがあり、双方が柵で仕切られているわけではありません。

なので、動物たちは自由に行き来できます。

野生の動物が、自然のままに生きるためには、こんな広大な土地が必要なのですね。

 

 

私たちが泊ったのは、私設の自然公園内にあるホテル。

川沿いに立っているバンガローに、それぞれが分散しての宿泊でした。

 

ホテルに到着してまず言われたのが、夕方暗くなってきてからは、決して自分たちだけで外に出ないこと。

必要があるときは、スタッフに連絡をして付き添ってもらうように。

ホテルの敷地内にもゾウなどの野生動物がやってくるので、非常に危険だからとのこと。

一同に緊張感が走ります。

 

確かに、毎日夕飯を終えて各自のバンガローに戻る際は、スタッフが二人、懐中電灯であちらこちらを照らして確認しながらドアの前まで送ってくださいました。

 

けれど、そんな野生を感じたいと思って参加したツアーですので、これもまた楽しいことでした。

 

初めてのアフリカでの夜を過ごした翌朝、レストラン棟へ向かう道が、折れた枝でふさがれていました。

昨日はなかった枝です。

スタッフが言うには、ゾウがやってきて折ったのだとか。

確かに、夜の散歩は危険なようです。

 

 

 

わたしたちが泊ったのは、ラッキー7、7番バンガローでした。

 

 

おしゃれなバスタブ付き

 

ベランダにはプールありました。

でも、水が冷たくて入れませんでした~

 

他の方のバンガローでは、朝起きてみたら、ヒヒの一家がプールの水を飲んでいたそうです。

 

お部屋もなかなか素敵です。

 

 

次回は、サファリで出会った動物たちを、ご紹介いたします。

 

 

 

映画 『 ドリーム 』 つづき

運よく、アフリカからの帰りの飛行機の中で観ることのできた『 ドリーム 』。

 

この映画の中で印象に残ったセリフがあります。

(正確ではありませんが、こんなやり取りでした)

 

白人の仕事仲間が、主人公の一人に

 

あなたを差別しているわけじゃない

 

と言うと、彼女はこうこたえます。

 

わかっているわ

あなたが氣がついていないことは

 

 

確か、こんな内容のやり取りでした。

 

 

 

生まれてからの環境は、本人にとっては当たり前のことです。

例えば、方言もそうですね。

生まれてからずっと使っている言葉は、日本全国共通のものだと思い込んでいます。

ところが、別の土地へ行くと通じない。

そこで初めて、自分が当たり前に使ってきた言葉が方言であったことを知る。

 

そんあ経験は、ありませんか?

 

 

生まれてからの環境と、所属する社会の規則。

実は、それが差別そのものであっても、その中にずっといる人間は、なかなか氣づかない。

知らないことの怖さは、そこにあります。

 

 

 

 

ところで、人種差別のような大きな問題には関心をもっても、身近にある多くの差別には氣づきにくいものです。

 

人間が人間としてこの世に生まれてきた以上、同じ人間としてみな平等のはずだし、そうでなければおかしいいと、わたしは思います。

 

わたしの考える平等というのは、少なくとも、すべての人が同じチャンスに恵まれることです。

 

わたしは中学3年生のときに父を病気で亡くしました。

そのために進路を少々変更し、短大も奨学金をもらって通いました。

(就職してから、3年くらいかかって返済しました)

 

例えば、親が亡くなりお金に余裕がなくなったからといって、上の学校に進みたいのにできないのはフェアじゃない。

わたしの思う最低限の平等というのは、そういうことです。

 

わたしはそう考えるから、子どもたちの教育援助には募金や寄付を、微力ながら続けています。

 

半分の人間が必死になって両手を出さなくても、全員が片手を出せばいいじゃない。

そんな感覚です。

 

 

 

 

 

 

映画 『ドリーム』

観たいと思っていた映画 『ドリーム』、ラッキーにも飛行機の中で観ることができました。

 

『ドリーム』詳しくは、こちら

 

彼女たちの素敵なところは、いじけず諦めず、常に前を向いて歩き続けたことだと思います。

 

何かを変えたいと思うなら、たとえ一歩でも前に進まないと。

 

 

たとえ一歩でも前にすすんだなら、

 

たとえ一段でも階段を上ったなら、

 

 

そこから見える景色は、必ず変わる。

そこで出会う人たちは、必ず変わる。

そして、ふと氣がつけば、大きな変化を遂げている。

 

 

わたしは、そう思います。