ご感想について ②

 

お由布と清之助。うまく噛みあえば固い絆が結ばれる組み合わせの筈が、

どうしても裏目に出る。

この辺りの描写はよく描けていると思いました。
読者としては、お由布に肩入れするのが普通だと思いますが、清之助の側の気持ちが良く判ります。

真面目にやって来た者ほど相手に厳しくなってしまう。女性とのつきあいもなく、

あまり相手を知らないうちに夫婦になり、女房とはこういうものだという先入観に支配されている。
まるで俺のことか(笑)。


その辺りの事は小説の中でも説明されており、いろんなエピソードの中で少しづつ氷解して行くのかな?
と思っていましたが、なかなかその距離が縮まらない。
それがお由布の持つ「かたくなさ」なのか。

しかし体調不良で寝たり起きたりの女房に、清之助もけっこう辛抱強くガマンしてるなぁと感心。
この状況なら、もっと怒っている筈。

その辺りは物事を理性的に考えて、それほど横暴な人間ではないという評価をしています。

 

 

『相性』という言葉があります。

 

例えば、色々な意味でいい人がいるとします。

そんないい人だったら、誰と結婚してもうまくいくでしょうか。

相手と自分、どちらも幸せになれるでしょうか。

そういうものではないように思います。

 

それが『相性』です。

 

その人といると、

 

どうしても悪い面ばかりが強調されて

裏目裏目に出てしまう

 

相手のちょっとした癖も鼻につく

 

 

逆に、その人といると、

 

自分を素直に表現できる

相手の癖も気にならない

 

自分と相手、どちらがどれだけ正しいとか悪いとかではないのです。

 

それが、『相性』だと、思います。

 

お由布と清之助

 

どちらが、どれだけ正しいとか悪いとか言っても無駄なことです。

夫婦というのは、社会性を帯びていると同時に、とても個人的な関係です。

だからこそ、互いの気持ちが大切。

いい悪いの問題ではないと思うのです。

 

そのうえ、この二人は、どちらも真面目で世間知らず。

互いにこれまで生きるのに必死で、チカラの抜き方を知らなかったのか、

下手くそだったのかもしれませんね。

 

 

 

ちなみに、初稿での清之助は、もっと単純に嫌な奴だったのですが、

今回連載小説として手を入れるにあたり、清之助という人のことを、

もっとよく観察して考えてみた結果、こういう男性となりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

ご感想について ①

過日、連載小説『お由布』にいただいたご感想について、

わたしなりの意見を書いていきたいと思います。

 

幼くして両親を亡くしたお由布に、自分と重ね合わせて速いペースで読み進みました。
時代劇は、その風俗を描くのにかなりしっかりした下調べが必要であり、

キチンと出来ているなぁ、と思いました。
時代モノは、多くはないですが山本周五郎、司馬遼太郎などを読んでいます。

 

 

時代モノは、わたしも山本周五郎や藤沢周平が好きで、よく読みました。

 

最近のものでは、高田郁や畠山健二が面白いです。

 

司馬遼太郎が好きというのは、いかにも男性的ですね。

 

わたしは、これまでほんの短いものも入れれば30近い作品を書きました。

 

その中で、時代モノは2つだけです。

 

時代モノを書くにあたっては、やはり下調べが重要で、

今はネットで色々調べることはできますが、資料としての本もたくさん持っています。

 

ブログにも書きましたが、古地図を持っての街歩きもします。

 

時代モノを書いている時は、人に名前を呼ばれたときに、思わず

 

 

へーい

 

 

と返事をしそうになったことも…汗

 

 

 

書く以上は、自分で納得できるまで調べるというのは、

『書く』こと、そして作品を読んでくださる方々への最低限のマナーかと思っています。

 

つづく

 

 

 

自分を大切にする

わたしは、セッションや講座やブログで、よく

 

自分を大切にしましょう

 

と言ったり書いたりします。

 

 

でも、自分を大切にするということが、よくわからない方もいらっしゃいます。

 

そんな方にとっては、

 

人から大切に扱われる

 

という経験が、とても有効です。

 

なので、たまには奮発して高級レストランで食事をしたり、

ホテルのラウンジでお茶でもしては?と提案したりします。

 

 

 

人から大切に扱われることで、

 

 

大切にされるって気持ちいい

 

 

ってことがわかります。

 

 

そうすると、

 

 

自分を大切にしよう

 

人のことも大切にしよう

 

 

と思えるようになります。

 

 

それが、

 

学び

 

です。

 

 

学びを重ねていくことで、その人の人生は、

より豊かなものに変わっていきます。

 

 

 

でも、大切にされることを履き違えてしまう人もいます。

また、大切にされることに対して、自分に承認を与えることのできない人もいます。

 

承認を与えることができない

 

 

とは、

 

 

受け入れることができない

 

 

といったような意味です。

 

 

 

そういう人は、ひたすら

 

 

もっと大切にして

 

もっと

 

もっと

 

ときりがありません。

 

 

これでは駄々をこねる子どもと一緒。

でも、子どもだって経験を積む中で学んでいきますよね。

 

 

学びの放棄

 

とでもいうのでしょうか。

 

 

そうして、学びを放棄し続けるとどうなるか?

 

 

昨今のニュースやワイドショーを騒がせるようなことになるのではと思います。