恥ずかしい

7月に行ったななつ星プレミアムツアーでの手びねり体験。

 

その時につくった器が、やっと焼きあがってきました。

 

 

 

しかし

 

にしても

 

なんで、名前なんてベタなもの彫ったかなぁ~

 

花とか葉とか、魚とか、幾何学模様とか、いくらでもあっただろうに。

せめて、梵字にしとけばよかった。

 

自分の発想力の貧困さが情けない…

 

 

いや、待て。

 

先に自分緒名前の一文字を彫ったのはダンナだった。

それに影響されて、つい、わたしも名前の一文字彫っちゃったんだ!

つくっていたときはダンナの小さな文字をせせこましいと笑ったけれど、

焼きあがってみると、なんか模様っぽくって、かえっていい感じになってる。

それに引き換え、わたしの方は、なまじ大きく彫ったから、却って幼稚でダサくない?

 

 

あ~恥ずかしい!!!

 

 

言葉のチカラ

あなたの人生をお天気に例えると、何でしょうか?

 

わたしの人生は、落雷、大雨による通行止め土砂崩れ、避難所生活から洪水を経て、今は小春日和の日々。

60歳を目前に、ようやく手に入れた居心地のいい場所で、のんびりと穏やかな生活を満喫しています。

 

雨が降れば傘をさすように、人生での急な天候変化にも傘の役割をするものが必要です。

それは、占いであるかもしれません。

ワークショップや講座であるかもしれません。

あるいは、自己啓発本の類であるかもしれません。

 

なにをツールとして雨をしのぐとしても、最終的には、自分でさせる傘を手に入れること。

これが、一番大切なのではないでしょうか。

 

自分の人生は自分にしか生きることはできません。

だとするならば、人生における傘もまた、自分でさせること。

これが、幸せに至るための最重要ポイントです。

 

 

 

わたしは新聞記者だった父と読書好きの母のもと、三人兄弟の末っ子として生まれました。

 

小学生の時の趣味は、国語辞典をひくことと教科書の音読でした。

 

大人になってからは、音読ボランティアに精を出したり、小説家になるべく本気で創作活動に励んだこともありました。

 

そんなわたしの人生には、いつも言葉がありました。

もちろん、言葉は勇気を与えたり、励ましてばかりしてくれたわけではありません。

人からの心無い言葉に傷ついたことも一度や二度ではありません。

 

 

 

言葉の海を泳ぎながら、わたしの関心は言葉から日本語へ。

日本語から言靈へと移り変わっていきました。

 

日本は古来より「言靈の幸ふ國」と言われてきました。

言靈の幸ふ國の住民であるわたしたち日本人は、意識するしないに関わらず、言靈の存在を感じながら暮らしています。

受験生の前で「落ちる」とか「すべる」といった言葉を使わないようにしよういうのは、そんな意識の表れですね。

 

そんなわたしが、子どもの頃から積み重ねてきた日本語に関する知識と、新たに学んだ言靈の知識とを融合させた≪ ことだま講座 ≫ を始めたのが、3年前です。

当初は、≪ 50音の秘密 ≫というネーミングでした。

 

それから、新たな知識に出会うたびに中身の見直しを重ね、今の≪あけと流ことだま講座 ≫ となっています。

 

明日から9月。 

 

9月中には、さらバージョンアップした≪ ことだま講座 ≫ のご案内ができると思います。

一人でも多くの方が言靈や日本語の素晴らしさに氣づいていただけますように。

そして、言葉のチカラを身に付け、人生の新たな扉を開いていただけますように。

 

 

思いつきのひと言

もし、変化を望むなら…

いつもと違うことをするがいい。

 

いつもと違うことをしたなら、そこから新たな風が入ってくるから。

新たな風は、新たな空気を連れてくるから。

 

“ 安定 ” は、確かに魅力的。

なにより馴れているから。

馴れたことに、努力はいらない。

 

そして、

どちらを選ぼうと、バチは当たらない。