あやかりたい

山下公園を散歩していたら、写真撮っていただけますかと、初老のご夫婦が。

 

後ろのホテルを入れてください。

昨日、泊まったんです。

 

 

と。

 

 

写真をお撮りして、

 

いいホテルですよね

 

と言うと、

 

 

初めて泊まったんです。

 

 

と嬉しそうに話してくださいました。

 

 

こういの好きだなぁ~💕

 

あやかろうと、同じアングルで

 

 

思いつきのひと言

艱難汝を玉にす

 

って言葉(ことわざ)があるけど、輝く玉になれるなら、苦労のひとつや二つしたって、いいじゃん。

 

要は、自分を磨けばいいだけの話。

連載小説『お由布』 その三

 三

 

 あれから七年。慣れた手つきで料理を盛り付け、足裁きも颯爽と盆を運ぶ様子も板に付いてきていた。お由布は十七歳になっていた。

「なにがあっても、ここで生きていく。ここしか、もう生きる場所はない」

 十の春に思い定めて、ここまで一生懸命に働いてきた。目的なければ夢もない。ただ生きるためだけに働いてきた。

 幸い日野屋の人々は、主夫婦の人柄そのままに、優しく穏やかな人達ばかりだったので、お由布にとっては、まさにここが新しい家、新しい家族そのものだった。

 

 冬の厳しい寒さも緩み始めた、ある日の午後。

 お由布は店の番頭さんに呼び止められた。だんな様がお呼びだから、奥の座敷に行くようにとのことだった。店の主から呼ばれることなど、ましてや奥の座敷に行くなど、それこそ滅多にあることではない。

「一体、何事だろう」

 自分でも気づかぬうちに、何か粗相でもしでかしたのだろうか。暇でも出されたら、どうしよう。そんなことにでもなったら、自分には帰る家もない。 

 胸のうちは不安で一杯になり、奥の座敷へ向かう廊下を歩く足は宙を行くようで、どこか頼りない。

「だんな様、お由布でございます。お呼びと伺って急ぎまいりました」

 障子の外から声をかける。緊張で背中が強張る。心なしか、声が震える。

「お入り」

 与平の低く落ち着いた声が聞こえた。

「失礼いたします」

 顔も上げられない。息も詰まる思いで障子を開ける。

「いいから、お入り」

 重々しさの中にも柔らかさを含んだ声で重ねて言われ、お由布は頭を下げたまま、部屋の中へとにじるように入った。

「かわいそうに。すっかり怖気づいてしまっているではありませんか。あなたが、あんまりいつも怖い顔ばかりしているからですよ」     

 お内儀さんの優しげな声に、お由布はようやく顔を上げた。

 視線の先に「日野屋」の主、与平と妻お初の笑顔があった。

「お由布、お前いくつになった」

「はい、十七でございます」

「うん、そうだったな。これまで本当によく働いてくれた。ありがとう」

「とんでもございません」

 お由布は、再び頭を下げた。体の強張りが一層強くなる。

「はっはっはっ。何もそんなに硬くなることはない。ほら、ちゃんと顔をお上げ。さあ」

 おずおずと顔を上げる。視線の先に、いつも遠くからではあるが、見慣れた主人の穏やかな笑顔があった。

「お由布、喜ぶといい。お前に縁談だ」

 思ってもみなかった話である。

 縁談は日本橋駿河町の呉服問屋三橋屋からもたらされた。相手は、その三橋屋の支配人になったばかり。ようやく住み込みから通いとなり、妻帯を許された三十二歳の男で、名は清之助という。

「なに、少し年は離れているが、早くにおとっつぁんを亡くしたおまえには、かえっていいだろう。なにより三十二歳で支配人になるとは、大変な出世だよ」

 与平の言葉にうなずいて、お初が明るい声で続けた。

「ほら、先だって呉服問屋の方々の集まりが、うちの店であったでしょう。あの時に先方さんがおまえを見染めたそうよ」

 おまえは果報者だと与平は言った。これは良縁だと、お初が微笑んだ。そうかもしれないと、お由布は思った。

 

 自分が嫁に行くなど考えたこともなかった。日野屋を家とも思い、そこで一生を終えるのだと勝手に決めていた。

「それが嫁入り? わたしを見染めたなんて」

 お由布は、自分の顔をまともに鏡で見たことなどない。たまに店に来た客から、器量よしだと言われたことはあるが、なにしろお酒も入っている席でのこと。客の戯言、軽口だと思っていた。店の者にも、きれいになってきたと言われたことがないでもないが、それもまた、みんなの優しさから出た言葉だと思っていた。それが見染められての嫁入りとは。夢ではなかろうか。

 

 話はとんとん拍子にまとまり、祝言は三月初旬の佳き日と決まった。

「桃始めて笑うといってね、桃の蕾がほこんで、花が咲き始めるころのことをさしているのよ。縁起がいいでしょう」

 お初が教えてくれた。

 

 

つづく