ナイルの流れに逢いたくて ⑥

エジプトと言えば
 
 
 
ピラミッド
 
 
そして、
 
 
 
スフィンクス
 
 
 
です。
 
 
 
でも、あまりに有名すぎて、逆に今まで避けていた場所でした。
 
 
 
ベタすぎる
 
 
 
って。
 
 
 
 
それが今回行く気になったのは、
 
 
 
 
ナイル川クルーズ
 
 
 
に惹かれてのことでした。
 
 
 
 
 
クルーズは、いいよ
 
 
 
 
と、聞いてはいましたが、何日も船に乗ってっていうのが、
 
 
 
もし合わなかったら、どうしよう
 
 
 
という思いの方が強くて。
 
 
 
でも、今回のツアーでのクルーズは3泊。
 
 
 
それも、
 
 
 
 
ナイル川
 
 
 
そそられました。
 
 
 
 
乗ったのは、この船。
 
 
 
 
ソネスタ・スター・ゴッデス号
 
 
 
海を行く航海船と違うのは、川で波が穏やかなせいでしょうか、マンションのような造りです。
 
 
 
 
室内も、広々としていて、とても居心地が良かったです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
船の中では、エジプトの民族衣装であるガラベーヤのパーティーが開催されたり
(ドレスは、船の中で調達できます)
 
 
 
イケメンガイドさんと、ツーショット💖
 
 
 
ベリーダンスショーもありました。
 
 
 
 
 
船は、ほとんど揺れを感じることなく、バスタブつきの部屋でもあり、とても快適に過ごせました。
 
 
 
 
 
 

「マリアブルーな季節 2019」2

   2

 

 時計はすでに夜中の12時を回っている。

 

 鳥羽の片田舎の息の詰まるような日常から脱出するはずでやってきた東京で、また別の息の詰まる新たな日常が、真奈子を包み込んでいた。

 

 真奈子の通うデザイン学校は、新宿の地下道を抜けた先にある。地下から校舎へと上がる長いエスカレーターの壁には、

 

 

 

 

イマジネーションを立ち上げろ

 

 

望めば叶うことを身をもって実感するのは、今ここだ

 

 

君の描く未来に限界はない

 

 

 

 

というメッセージが、大きな文字で書かれている。

 

 

 これらのメッセージに勇気をもらい、励まされ、自分の夢が叶うと素直に信じていられたのは、しかし、最初の1か月だけだった。

 

 今、真奈子は提出期限の迫った課題を仕上げるために、夕食を済ませてからずっと机の前に座っているが、スケッチブックの白いページはいつまでたっても少しも埋まらない。

 

 デザイン専門学校に入って3ヶ月。時折、デザイナーに憧れて毎日ノートにデザイン画を描いていた頃を懐かしく思い出す。と同時に、それらは結局、幼い頃のお絵かきの延長に過ぎなかったのだという認識を、否が応でも目の前の現実が突きつける。

 

 才能など、どこをどうひっくり返したところでないことを悟るには、この三ヶ月という短い時間でも十分足りた。

 

 

 顔を上げて、闇夜のガラス窓に映る自分の顔を見つめる。

 

 しげしげと眺めてみれば、髪の長さも中途半端だ。さっぱりと短く切り揃えるでもなく、かといって伸ばしているわけでもない。肩のあたりまで何気なく伸びた髪は、ヘアピンなどで纏められることもなく、無造作に耳にかけられて、所在なさ気に首にまとわりついていた。

 

 兄ちゃんは違ったと、真奈子は思った。

 

 3歳違いの兄の真一は、何にでも一生懸命に取り組んだ。そしてそれだけの成果も挙げられる人だった。勉強は言うに及ばず、クラブ活動のヨットでも実力を認められて、高校3年の夏には、すでに内々に大学の推薦入学も決まっていた。

 

「ほんまに真一は、ようでけた子や」

 

 自慢の息子を、母は人前でも平気で褒めた。

 

「そやそや。文武両道ちゅうのは、まさに真ちゃんのような子のことを言うのやな」

 

 親ばか丸出しの母親を目の前にしながら、誰もがそう素直にうなずき返した。そんな明るい素直さを、何より彼自身が持っていた。

 

 蒔いた種の数だけ、収穫が得られる……考えてみれば羨ましい人だ。世の中には、いくら努力してもうまく行かない人間だって、大勢いる。

 

 ほら、ここにも。

 

 窓に映る自分の顔が、口をゆがめて笑った。

 

 

    兄と違って、運動でも勉強でも特に目立つこともない真奈子だったが、小さな頃から絵を描くのだけは得意だった。教室の片隅で、あるいは家で1人、真奈子はひたすら綺麗な服を着た女の子の絵を書き続けた。真奈子の描く絵を気に入って、クラスメートの女子たちが「わたしにも書いて」と、ノートを差し出した。楽しかった。その時だけは、自信が持てた。

 

 そうして、いつの頃からかデザイナーに対する漠然とした憧れを抱くようになっていた。デザイナーに対する憧れは、東京に対する憧れにすり替わり、兄を失って、すっかり気落ちした両親の弱気な心を、強引にねじ伏せるようにして上京したのだった。

 

    だが、実際に暮らしてみると、その人間関係の希薄さからくる自分を取り巻く空気の軽さは、どうしようもなく真奈子を不安にさせた。

 

 人間というのは社会的な動物で、人に自分を認識してもらうことで、その存在を確認するのだそうだ。とすれば、回りの誰にも認識されることのない現在の自分は、果たして今ここに確かに存在していると、言えるのだろうか。

 

 鳥羽の田舎にいた時には、出来のいい兄といつも比較されて、嫌な思いも随分としたけれど、もしも比較されることこそが紛れもない自らの存在の証だったのだとすれば、それはあまりに情けない。

 

 自分は、一体何者なのか。

 

 目の前に置かれたスケッチブックは、ずっと白いまま、いつまでたっても鮮やかなラインや、豊かな色彩で埋まらない。

 

 

 ……もしもし。あー、お母ちゃん。え、うん、届いた。あんなもん、もう送ってくれやんでもええに。近くにコンビニもあるしな。……そりゃ分かっとるけど、あないぎょうさん一人でどないして食べるん。近所付き合いなんて、あるかさ。ああ、もう分かった。今、忙しいんやに。何って、勉強しとんに決まっとるやろ。何しに東京に出てきた思っとるの……。今週中に課題のデザイン三点も出さないかんのや。お母ちゃんのつまらん愚痴みたい聞いとる暇ないんやで。もう、いいかげんにして。

 

 

 時折り届く母からの郵便小包の中身は、とても1人では食べきれないほどの干物や野菜だった。そうして思い出したように電話をしてきては、自慢の息子を亡くした淋しさや、日々の暮らしの中での愚痴を、真奈子にこぼすことで紛らすのだった。

 

 

 改めて、闇夜のガラス窓をじっと見つめる。そこに映る顔は、心細げにじっと黙っているばかり。不意に涙がこぼれそうになって、悔し紛れに窓を開ける。

 

    いきなりの突風が、机の上の画用紙を巻き上げた。

 

 南大東島の沖合いに近づいてきた大型の台風が、明日の夜には関東地方に上陸するかもしれないと、つけっぱなしのテレビから流れるニュースが告げていた。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

眠れない夜は

 

ツアー旅行に出ると、結構ハードな日々が続くので、夜はバタンキューで眠りに落ちます。
 
 
 
普段、家にいるときは、眠たいと思えば、8時でも9時でも寝てしまいます。
 
 
 
睡眠には波があって、ひたすら眠れる日が何日か続くと、今度はなかなか寝付けない日があったりします。
 
 
 
人間は、頭と体をバランスよく使うのがいいそうで、
事務職の人などはスポーツクラブに行くとか、ひと駅手前から歩くとよく、
体を使う仕事の人は、本を読んだりして頭を使うと、よく眠れるようになると、
何かで読んだことがあります。
 
 
 
 
ツアーの添乗員さんなどは、帰国後しばらくして、またすぐ海外ということもあり、
睡眠導入剤を服用して、時差ボケを直すと以前の旅行の時に聞きました。
 
 
 
わたしは睡眠導入剤を使ったことがないのでなんとも言えませんが、
薬で強制的に休めることはできても、
本当に休息がとれるのかなぁと心配します。
 
 
 
 
わたしは、眠れないときは、無理に寝ようとはせず、
(そうすると、かえってイライラして眠れなくなるので)
 
 
 
そのうち眠れるだろう
 
 
今夜は眠れなくても、明日寝られればいいか
 
 
 
くらいの気持ちで夜を過ごします。
 
 
 
 
そうして、明け方まで眠れないこともあるのですが、それはそれでよしとしています。