8.泣けなかった・・・

おまえ、泣かなかったな

 

中学校の卒業式で、担任の先生から言われた言葉です。

 

そうです。

わたしは、卒業式で泣きませんでした。

 

卒業式だけではなく、

 

父が癌で余命わずかと聞いた時も

父が病室で息を引き取った時も

お葬式の時も

 

わたしは、一度も泣きませんでした。

 

わたしは、なんて薄情な娘なんだろう。

泣かない自分を、冷ややかに見ている別の自分がいました。

 

でも、わたしは、泣かなかったのではありません。

泣けなかったのです。

泣くだけの、心の余裕がありませんでした。

次から次へと課題がやってきて、それをこなすのに必死だったわたしに、泣いている暇はありませんでした。

受け止めるのが怖かったのでもありました。

あまりに大きすぎて、受け止めたら、自分がつぶれてしまいそうで、逃げてもいたのです。

 

実は、わたしは仲のいいクラスメートにも、父のことは一言も話しませんでした。

だって、学校に行って、友人に「お父さんの具合は、どう?」なんて、聞かれたら、その場で崩れてしまいそうだったもの。

だから、わたしは学校にいる間だけは、心の重荷を忘れることができました。

そうして、なんとか自分を保っていられたのです。

 

 

今、わたしは、こう思います。

 

泣いている暇がなかったからこそ、今の自分があるのだと。

 

もし泣いて、悲しみにすっぽりとはまってしまっていたなら、わたしの人生はまた違ったものになっていたでしょう。

 

わたしは、まもなく57歳になります。

そうして、今、自分の人生をふりかえって見た時に、

 

あの時、ああすれば良かったか?

こうすれば良かったか?

 

と、考えてみたりもします。

 

でも、わたしは、やっぱりこの生き方しかできなかったと思うのです。

 

ものすごく苦しかったり、辛かったり、悔しかったり、そして、悲しかったり・・・

その人生は、波乱に満ちたものでした。

 

でも、それでも、やっぱり、わたしは、この人生が好きなのです。

そんな生き方しかできなかった自分が大好きなのです。

 

そんな人生しか生きられなかった、そんな自分が、大好きだ!

 

だって、これまでの様々な出来事に磨いていただいたお陰で、今わたしは、申し分のない人生を手に入れて、申し分のない日々を送っていられるのですから。

 

ところで、わたしが、父の死にまつわる様々なことに思いを馳せて、しみじみと泣いたのは、26歳で最初の結婚をして、ほんのひととき落ち着いた気持ちになった時でした。

その時初めて、思いきり悲しみに身を委ねて泣きました。

 

けれど、その結婚も、わたしにとっては、決して安住の地とはならなかったのです。

 

それは、まだずっと後のお話・・・

 

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先人たちの苦労の跡

地方に旅行に行った際、中途半端に時間が余った時など、わたしは地元の文学館に行きます。

そうした所には、たいてい地元出身の作家の生原稿が展示されています。

 

そして、それらを見ると、わたしから見たら「この人は天才だ!」と思える作家であっても赤だらけ、つまり、いっぱい推敲していることがよく分かります。

そんな推敲の跡が残っている原稿を見ると、なんかジワーっと感動します。

 

***

 

昨今は、わたしもそうですが、みんなパソコンで書いて直すので、原稿を直した苦労の跡を見ることができません。

 

そもそも生原稿の展示なんて、できないし・・・

 

それって、もったいないなぁ~と思います。

 

誰のどんな原稿であっても、それを書こうと思った経緯や思いがあり、それを形にするための涙ぐましい努力があります。

 

文学館の生原稿の展示は、それを目の当たりにする、いい機会なんですけどね。

 

ふと思いついて、ひょいと書いて、はい完成! なんて、どんな世界でもまずあり得ない。

 

ふと思いついて、ひょいと書いて、そして完成させるまでの間には、推敲という地味だけど、なくてはならない作業があるのです。

 

その作業は、時に苦しいけれど、新たな創造を生み出す喜びに満ちています。

 

7.生まれて初めての夢のお告げ

父が亡くなって10日後が私立の、1か月後が公立高校の入試日でした。

 

病院に泊まり込んでから葬式が終わるまで、約1週間学校を休んでいました。

わたしは、不安でした。

それでも、もし公立に落ちて私立に行くことになったら、一生懸命勉強して特待生になって、学費を免除してもらとうと本気で考えていました。

 

***

 

まさに今日が私立高校の入試日、という日の朝方のお話です。

 

わたしは夢を見ました。

 

亡くなったはずの父が、わたしに黄色いワンピースを買ってくれるという夢です。

 

わたしは、目が覚めた瞬間、

 

受かった

 

と思いました。

 

父がワンピースを買ってくれたからではありません。

特に黄色いワンピースが好きだったわけでもありません。

でも、夢から目覚めた瞬間、そう思ったのです。

 

これは、その後、夢から様々なメッセージを受け取るようになってから分かったことですが、夢からのメッセージというのは、理屈ではありません。起きた瞬間に、答が心の中にあります。

それが、夢からのメッセージです。

夢の意味をあれこれ考えなければならないのは、まずメッセージではありません。

 

話を元に戻しますね。

目覚めた瞬間に受かったと思ったわたしは、母に言いました。

 

わたし、受かったから。

 

母は、びっくりしたように、こう言いました。

 

何言ってるの?  これから試験を受けるのに…

 

同じ学校を受ける仲間と待ち合わせて会場に向かう時にも、わたしは皆に、

 

わたし、受かったから

 

と言い続けていました。

我に返ったのは、試験が終わって帰る時です。

 

どうしよう~  皆に「受かる、受かる」って言ってしまって。もし、落ちたら、どうしよう~

 

試験の結果は『合格』でした。

それも、本当に特待生になれるほどの高順位で。

通常、入試の結果の詳しいことは教えてもらえないことになっているらしいのですが、あまりの高順位に先生も驚いたようで、こっそり教えてくれました。

 

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