ナイルの流れに逢いたくて ⑫

2月後半に行ってきた
 
 
エジプトツアー
 
 
いよいよ最終日です。
 
 
 
 
訪れたのは、
 
 
 
ダハシュール
 
 
 
 
サッカラ
 
 
 
 
面白いピラミッドが見られました。
 
 
 
 
 
まずは、サッカラの階段ピラミッド。
 
 
 
 
 
 
 
世界最古のピラミッドです。
 
 
 
 
 
次は、ダハシュールの屈折ピラミッド。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ピラミッドの角度が、途中で変わっています。
 
 
 
 
ピラミッドの作成過程で
 
 
 
このままでは、上手くできない!
 
 
 
と気づき、角度を変えて完成させたのだそうです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
こうして、ピラミッドの形が完成していく過程を見ていくと、
ピラミッドは、宇宙人の作ったものではなく、
やはり、人間が途方もない年月をかけて作っていったのだと納得させられます。
 
 
 
 
 
さて、最終回の今日は、ツアーのまとめもしてみたいと思います。
 
 
 
 
 
 
その1.食べ物
 
 
エジプトでは、小麦粉が作られています。
 
その小麦粉がいいのか、パンは素朴な味わいが、わたし好みで、美味しかったです。
 
 
 
ナンを焼いています。
 
 
それからフルーツも。
 
特にメロンとバナナ。
 
 
イチゴやトマトは、野性的?でした。
 
 
エジプトスイーツはイケた💕
 
 
 
 
 
 
 
 
 
約9割がイスラム教徒のエジプトの料理は、お肉は牛肉か羊肉。
 
 
羊肉が少々苦手なわたしには残念ながら、あまり口にあいませんでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その2.警備
 
 
前にも書きましたが、飛行場、観光地、至るところに警察官がいて、チェックをしてました。(ダムは軍隊)
 
 
 
 
 
こんな感じで、普通に銃を持っています。
 
 
どこでだったか、ジーパン姿の青年が腰にピストルを持っていて、ガイド氏に尋ねたら、
 
 
彼も警官だよ
 
 
とのことでした。
 
 
 
 
 
その3.洗濯物
 
 
 
どこの家でも、こんな感じ。
 
 
洗濯竿にハンガーで干してあるのは、一度も見かけませんでした。
 
 
雨が年に1~2回しか降らなくて、空気の乾燥しているところだから、
こんな風に重ねて干しても乾くのでしょう。
 
 
 
 
 
その4.気候
 
 
 
エジプトは、砂漠地帯です。
 
 
3月からは砂嵐が吹き荒れるそうです。
 
 
わたしたちが行った2月は観光に最適なシーズンでした。
 
 
まるで、避暑地に来たかのような快適さ。
 
 
乾燥が激しいと事前に聞いていたので、
フェイスパックやヘアートリートメントも
用意していきましたが、
心配するほどのことはありませんでした。
 
 
わたしにとっては、日本の冬の乾燥の方がキツイ。
 
 
静電気が起きるしね。
 
 
 
でも、風が吹くと、砂漠特有の細かい砂が舞います。
 
 
サングラスにマスク(あるいは口元を覆うスカーフなど)は、必須です。
 
 
 
そして、朝晩の寒暖差が激しい。
 
 
昼間でも風が吹くと寒い。
 
 
わたしたちも、常にダウンのコートなどは持ち歩いていました。
 
 
あと、日差しが強いので、日焼け止め、長袖シャツ、帽子も。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その5.保険の話
 
 
 
エジプトの人口は、約9,000人だそうです。
 
そのうち車を持っているのは3割ほど。
でも、そのほとんどが首都カイロに集中しています。
 
でもって、毎日すごい渋滞。
 
エジプトは、人優先ではなく、車優先だそうです。
 
 
損保に勤めていたわたしは、
 
 
この国で自動車保険は、成り立つのか
 
 
と疑問に思い、ガイド氏に聞いてみました。
 
 
 
すると、エジプトにも保険はあるのだそうです。
 
 
でも、入る人は少ない。
 
 
なぜなら、保険会社を信用していないから。
 
 
だそうです。
 
 
 
 
家を建てるにも銀行ローンを組まないのは、
銀行を信用していないから。
 
保険に入ったり、ローンを組んだりできるのは、
社会が安定しているからなのですね。
 
 
 
それに、保険って、規則を守る前提があって、成り立つもの。
 
 
 
車優先で信号はないし、あっても守らない国では、
保険は成り立ちませんね〰️
 
 
 
 
 
 
 
 
その6.買い物
 
 
エジプトは、世界有数の観光大国。
 
 
観光収入が、生活の支えです。
 
 
なので、基本、なんにでもお金がかかります。
 
 
 
 特に買い物は、要注意。
 
 
 
観光地で、あれこれやり取りしながら、
お土産を買うのは旅行の醍醐味ですが……
 
 
 
誰が教えたんだ
 
って、日本語を連発して、話しかけてきます。
 
 
 
で、一人から買おうとすると、
他の人たちも回りにワッと群がってきて、
身動きが取れなくなることもあるそうです。
 
 
それと、粗悪品も多いとこのと。
 
 
で、ここなら安心という店で買ったのが、これ。
 
 
 
 
 
 
本物のパピルスで作られたカレンダー。
 
 
星座も入ってます。
 
 
買った時は、くるくるっと丸めて、
賞状を入れたりするような筒に入れてくれるので、
スーツケースにも安心して入れられます。
 
 
 
ちゃんとしたお店は、梱包も丁寧なので、
後々も安心です。
 
 
 
他に、香油やカルトゥーシュ、パピルスの栞、ミニピラミッドなど、
あれこれ買ってしまいました 😜
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今回のエジプトツアーは、
これまで行った中で、最もハードな旅行でした。
 
 
 
今のうちに行けて、
そして、無事に帰ってこられて良かったと思います。
 
 
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
 
 
 
 
 
 
 

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「マリンブルーな季節」 4

 
  4

 

 やるせない思いを振り切るようにカーテンを開けると、夏の日差しが無遠慮に部屋の中に差し込んだ。さらに窓を開けると、潮の香りが一気に押し寄せてきた。  

 南向きの真一の部屋からは、的矢湾が一望できる。入り江に浮かぶ養殖いかだ。港に繋がれた大小様々の漁船。遥か沖を行く船。青い空。白い雲。まばゆいばかりの太陽。

 この部屋の、この窓から毎日海を眺めながら、兄は哲也と共にヨットで世界を目指す夢を見ていたのだ。

 目を閉じて、大きく息を吸う。胸の中一杯に潮の香りが広がる。

「真奈子」

 息が止まる。

 それは兄の声に思われた。

 目を開けて辺りを伺うが、誰もいるはずがない。まして、3年前に亡くなった兄のいるわけがない。

 声は、海のほうから聞こえたように思えた。

 窓から体を乗り出して、海を見つめる。その時、潮の匂いをはらんで吹きつける風の中に、再び兄の声を聞いた気がした。

 真奈子は部屋を飛び出した。階段を下り、玄関で母の古びたサンダルをつっかけると、一目散に海へ向かった。脇目もふらず、ただひたすら海を目指して坂道を転がるように下った。

 

 海へ、海へ。

 真奈子の目には海しか見えていない。

 息を切らしながら、ようやく浜辺にたどり着く。

 照りつける夏の日差し。

 遠くから迫ってきては遠ざかる、波の音。

 胸の奥まで覆い尽くす潮の香り。

    サンダルを脱いで、裸足になる。

 足の裏の砂がきしむ。

    ふらふらと歩みを進める。

 乾いた砂の感触が、やがて湿り気を帯び始める。

 足首の辺りを掠めるように撫でる波。

 足の裏で確かな存在を示していたはずの砂は、ささやかな波のひと揺れでもろくも崩れ、流れ去る。

 歩いても歩いても、踏みつけても踏みつけても、次の瞬間には儚く消える足の裏の砂。

「お~い」

 誰?

「おーい」

   考古は、さらにはっきりと聞こえてきた。

 声の方を振り返ろうとして、波に足をとられて転ぶ。

「お~い。大丈夫かぁ」

 見慣れない車から1人の若者が降りてきて、こちらに駆けてくる。ドアのところに《民宿  つぼや》の文字が読めた。

 哲ちゃん?

 それは、兄真一の盟友、哲也だった。

「おう、真奈子。大丈夫か?    おばさんから、今日帰ってくる聞いて、駅まで迎えに行こうと思ってたんや。なんや、えらい早う着いたんやな」

 哲也の話す声を聞きながら、なぜか真奈子はその場に泣き崩れた。

 

 兄の真一と哲也は、もと鳥羽の高等専門学校のヨット部の、欠くことのできない仲間だった。

 ヨットの種類には大きく分けて、2つある。

    1つは、キャビンがあり、船内で生活できるように作られた《セーリングクルーザー》。よくお金持ちが持っているというのが、これだ。

 もう1つは、キャビンや居住性を持たない小型ヨットの《ディンギーヨット》。彼らの乗っていたヨットだ。

 

 真一がスキッパー、哲也がクルーとして息のあった2人は、国体を始め数々の全国大会で常にトップクラスの成績を収めていた。

 早々と各大学から推薦入学の打診を受けており、2人は共に同じ大学に進み、470級でオリンピックに出場するのが最大の夢であり、目標だった。

 だが、今から3年前、進学する大学も無事決まった、高校3年の夏も終わりの頃だった。ヨットの練習中、どこからか進入してきたモーターボートと衝突。哲也は軽い打撲と擦り傷程度で済んだが、真一の方は頭骸骨骨折、そのまま帰らぬ人となった。

 その後、怪我の癒えた哲也は、ヨット部を辞めたばかりか大学へも進学せず、実家の民宿を継ぐ決心をしたのだった。

 

つづく