国立で見つけた楽しいお店

今日は、2ヶ月ぶりにASSAさんにヘアーカットをしてもらいに国立へ行ってきました。

IMG_20150817_175133

 

前回来た時には時間がなくて、気がつかなかったのですが、駅横に『PAPER WALL』という、楽しい文具&本のお店を発見!

 

IMG_20150819_091120

 

隣にカフェも併設されていて、ランチもなかなか~

そこで、『アルケミスト双書』の30点突破記念フェアというのをやっていました。

 

IMG_20150819_091042

『アルケミスト双書』というのは、初めて知りましたが、イギリスの出版社Wooden Booksが刊行するシリーズを翻訳したもので、元シリーズは現在55点まで刊行中だそうです。

売り上げナンバーワンは、『黄金比』。

他にも、『ルーン文字』『宇宙入門』『コンパスと定木の数学』など、独特のラインナップです。

嬉しくなったわたしは、他にも数点購入してしまいました。

 

IMG_20150819_090949

『進化論の世界』は夫、『古代マヤの暦』は自分用。

 

満足、満足~\(^o^)/

 

 

『あなたは、何色?』セッション受けました!

人生のどん底だった10数年前から、わたしは夜布団に入ると、

 

神様、今日も無事に過ごさせていただき、ありがとうございました。

でも、明日はもっといい日になります。

わたしは神様を信じます。神様の導きに従います。

 

と言って寝るようになりました。

 

どん底の時に?

何を感謝するの?

 

と思われますか?

 

今、振り返っても、なぜかは、よく覚えていません。

ただ、なんとかしてどん底から抜け出したい思いでいっぱいでした。

だったら、まず感謝することから始めよう。

 

ふと、そう思いついたのです。

まさに、これこそが『気づき』ですね。

 

その日1日を無事に過ごして布団でゆっくり眠れるだけでもありがたいと思えば、感謝はできますし。

 

そして、どん底を抜け出して、人生を好転させたかったので、

 

明日は、もっといい日になります。

 

と付け加えたのが、自分なりの工夫だったようです。

 

あ、『神様』というのは、特に具体的なものはなくて、森羅万象あらゆるもの、人知を越えた存在といった程度の意味です。

 

さて、そうやって10何年やってきたのですが、8月に入った頃から、なぜか、

 

神様、今日も無事に過ごさせていただきありがとうございました。

でも、明日はもっといい日になります。

 

に続いて、

 

わたしは、わたしを信じます。

わたしは、わたしの心の声に従います。

 

と変化していることに、ある日気がつきました。

 

そんなタイミングで受けたのが、小日向由起子さんの『あなたは何色?』というセッションです。

   このセッションの詳しい内容はこちら☆☆☆

 

由起子さんは、一緒にいるだけで、こちらまでほんわか幸せな気分にしてくれます。

そして、面白い!

『ゆきんこ』という愛称がピッタリの、素敵な女性です。

 IMG_20150811_141650

  こちらが、ゆきんこさん。

 

 

彼女は、小さな頃から、人の胸のあたりの色が見えたそうです。

色だけでなくて、形とかも…

そう聞くだけでも、わたしの心はウキウキワクワク  (^o^)∠※。.:*:・’°☆

 

***

 

わたしの色は、様々なグリーンで、そこにオレンジ色の光が射し込んでいるそうです。

胸の真ん中には、地球のような瑠璃色のキラキラ光る珠がかくるくる回っているんですって♪

けれど、疲れていたりすると、その珠の毛穴?がきゅっと閉じてツルツルに~

だから、いつも珠が柔らかく、オレンジ色の光を受け入れられるようにしていることが大切なんだそうです。

それには、呼吸。

温泉もいいそうです。

呼吸といえば、毎朝自宅でヨガをしていますが、ヨガでは必ず呼吸とポーズを合わせます。

そして、温泉!

わたし大好きなんです、温泉!

露天風呂に住み着きたいくらい、大好きなんですよ!

 

そんな嬉しい話ばかり聞けた上に、それらのイメージを絵にしてくれるという、素敵な『あなたは、何色?』セッションでした。

 

ゆきんこさんの書かれた、このセッションについてのお話は、こちら ☆☆☆

 

IMG_20150811_184658

 

8.泣けなかった・・・

おまえ、泣かなかったな

 

中学校の卒業式で、担任の先生から言われた言葉です。

 

そうです。

わたしは、卒業式で泣きませんでした。

 

卒業式だけではなく、

 

父が癌で余命わずかと聞いた時も

父が病室で息を引き取った時も

お葬式の時も

 

わたしは、一度も泣きませんでした。

 

わたしは、なんて薄情な娘なんだろう。

泣かない自分を、冷ややかに見ている別の自分がいました。

 

でも、わたしは、泣かなかったのではありません。

泣けなかったのです。

泣くだけの、心の余裕がありませんでした。

次から次へと課題がやってきて、それをこなすのに必死だったわたしに、泣いている暇はありませんでした。

受け止めるのが怖かったのでもありました。

あまりに大きすぎて、受け止めたら、自分がつぶれてしまいそうで、逃げてもいたのです。

 

実は、わたしは仲のいいクラスメートにも、父のことは一言も話しませんでした。

だって、学校に行って、友人に「お父さんの具合は、どう?」なんて、聞かれたら、その場で崩れてしまいそうだったもの。

だから、わたしは学校にいる間だけは、心の重荷を忘れることができました。

そうして、なんとか自分を保っていられたのです。

 

 

今、わたしは、こう思います。

 

泣いている暇がなかったからこそ、今の自分があるのだと。

 

もし泣いて、悲しみにすっぽりとはまってしまっていたなら、わたしの人生はまた違ったものになっていたでしょう。

 

わたしは、まもなく57歳になります。

そうして、今、自分の人生をふりかえって見た時に、

 

あの時、ああすれば良かったか?

こうすれば良かったか?

 

と、考えてみたりもします。

 

でも、わたしは、やっぱりこの生き方しかできなかったと思うのです。

 

ものすごく苦しかったり、辛かったり、悔しかったり、そして、悲しかったり・・・

その人生は、波乱に満ちたものでした。

 

でも、それでも、やっぱり、わたしは、この人生が好きなのです。

そんな生き方しかできなかった自分が大好きなのです。

 

そんな人生しか生きられなかった、そんな自分が、大好きだ!

 

だって、これまでの様々な出来事に磨いていただいたお陰で、今わたしは、申し分のない人生を手に入れて、申し分のない日々を送っていられるのですから。

 

ところで、わたしが、父の死にまつわる様々なことに思いを馳せて、しみじみと泣いたのは、26歳で最初の結婚をして、ほんのひととき落ち着いた気持ちになった時でした。

その時初めて、思いきり悲しみに身を委ねて泣きました。

 

けれど、その結婚も、わたしにとっては、決して安住の地とはならなかったのです。

 

それは、まだずっと後のお話・・・

 

◎◎◎  ⏪ 前         続き ⏩  ●●●