初めての吉取り大人の遠足ツアー

昨日は早起きして、塩ねえさんナビゲート『吉取り大人の遠足ツアー』に行ってきました。

 ⇒詳しくは、塩ねえさんのブログをご覧ください

 

簡単に言うと、完全オリジナルプライベート吉貯金ツアーです。

わたしが取りたい吉の方角へ、塩ねえさんが連れて行ってくれて、色々教えてくださり、そのうえ易も引いてもらえる、お得なツアーです。

(遠方の場合は、ナビゲート料金のほかに交通費のかかる場合があります)

 

こんなオリジナルな資料も作成してくれます。

 

 

本日の行き先は、東の八白。

わが家から東へ遠出というと千葉になり、交通の便が悪いところが多いです。

なので、塩ねえさんの車で連れて行ってもらえるというのは、大変にありがたいのです。

 

塩ねえさんの車に乗せていただいて走り出した途端、辺りにゾロ目ナンバーの車だらけ。

普段も、たまにそんな車を見かけますが、ゾロ目のオンパレードは、珍しい。

 

あ、88-88

おっ、55-55

こんどは、111

てな具合。

これは、楽しみです~

 

 

まず向かったのは、猿田神社

 

八白らしく階段を上ったところにあります。

 

 

ものすごいエネルギーです。

 

階段をえっちらおっちら上りまして…

 

 

ガ~ン

 

 

 

こんなことってあり?

 

『 仏滅 』が関係するのは、お寺さんだけかと思ってました!

 

でも、これも八白の象意、一旦停止。

つまり吉は取れているということです。

 

こちらの神社ではご神水とお砂がいただけます。

もちろん、ありがたくいただいてきました。

 

ご神水のそばの緑はピカピカに輝いていました。

 

天孫降臨のばもあり、そこへ向かう道で、蛇に遭遇。

小さくてきれいな蛇が、私たちの目の前を横切っていきました。

 

一瞬止まってくれたので、写真を撮ろうとしたらスッと草むらの中へ入って行ってしまいました。

つぶらな瞳の可愛い顔をしていました。

 

蛇が現れて止まってはくれたけど、写真を撮らせてくれるほどではありませんでした。

 

これって、

 

幸運は授けるけど、頼りすぎはダメ。

自分での努力も忘れないでね

 

ってことだね。

 

塩ねえさんと二人で、深く納得。

 

 

それから、時間に余裕があったので、以前塩ねえさんが見つけたという雷神社へ。

 

塩ねえさんお氣に入りの場所。

 


何を伝えてくれようとしているのだろう。

 

こちらの神社では、着くなり蝶々が次から次へと現れ、わたしたちを歓迎してくれました。

そして宮司さんのお話も伺え、充実した時間を過ごすことができました。

 

 

本日の締めに、塩ねえさんに易を観てもらいました。

今までにも何回か観てもらったことがあるのですが、今回初めて知ったことがありました。

それは、わたしがイベントでやらせていただいているチャネリングと同じだということ。

つまり、易を通してわたしのハイヤーセルフからのアドバイスを聞いているのだそうです。

だから、易は占いではないというのですね。

はぁ~、納得です。

今回は、二つ観てもらったのですが、どちらも大吉の内容でウハウハでした。

 

さて、これだけ堪能しても、時計を見れば、それほど時間が経っていなかったのは不思議です。

塩ねえさん曰く。

わたしは本命星が六白なのですが、六白は何事もサクサク進むのだそうです。

 

そういえば、行きも帰りも高速も含めて道路は渋滞知らず。

とてもスムーズに進んだのでした。

 

そして、車内での会話も弾み、ルンルンの日帰り旅でした。

 

塩ねえさん、ありがとう。

次回も楽しみにしています。

 

 

 

 

 

 

たまには、のんびりと

8月は、月初めに八ヶ岳でのんびりしてきたので、それ以降は、とくに遠出をすることなくのんびり過ごしています。

 ⇒ 夏は八ヶ岳

 

夫は、会社を辞めたのですが数独協会の仕事が忙しく、たまに打ち合わせに出かける以外は部屋にこもっていることも多く、たまに氣晴らしに夕飯を作ってくれたりするので、『 塗れ落ち葉 』亭主になる心配はなさそうです。

安心しました。

 

 

人生には、何回か大きな節目があります。

 

夫の退職というのも、極めて大きな節目の一つですね。

 

まず経済的な面での変化。

これは、前々から夫と何度も退職後の生活について話し合ってきました。

これからも、数年ごとに話し合い・見直しをしていくことになるでしょう。

 

 

 

次は、時間的な問題。

実は、世の主婦にとってはこちらの方が大問題化かも。

わたしは夫に、

 

出かけようと家にいようと構わない。

ただ、わたしが出かけるときに、

どこ行くの?

何時に帰るの?

僕の食事は?

といったことだけは言ってくれるな。

 

と、はっきり言ってありました。

夫の性格からして、そうしたことを言うようにはならないと思っていましたが、念のためです。

 

それぞれが、別の人格を持った、自立した大人ですから。

 

出かけるときに、どこに行っていつ頃帰るなんてことは聞かれなくても必要なことは伝えておくし、わたしがいない間の食事のことなんて知りません。

おなかが空いたら、食べに出るか、家にあるものを食べればいい。

ただ、それだけのことです。

 

 

わたしたちより上の年代の方は、奥様が出かけられる時には、ご主人の食事の用意もしていかれることが多いかもしれません。

育った時代が違えば、考え方も変わります。

 

どれが一番正しいかなんて、誰にもわかりません。

 

けれど、夫婦というのは、とても個人的な関係だと思います。

もちろん、結婚は家と家がつながるという面もあるのですが、日常に目を向ければ、人間と人間の個人的なつながりです。

その中で、お互いが納得できるのであれば、極端な話、なんでもあり! 

それでいいと思います。

 

家庭は、それぞれの家族が、のんびりくつろげることが第一。

くつろげるために、お互いが何をし何をせず、何を言って何を言わないか。

それが話し合え理解しあえる関係が、一番いいんじゃないか。

わたしは、そう思います。

 

 

 

 

 

もめ事は避けたい

先日、夫とゴルフの打ちっぱなし練習場に行ってきました。

隣の打席には、ウチと同じく一打席を二人で使う夫婦が。

 

打席とベンチの間は、2メートル近く離れています。

周りで練習している人たちに迷惑をかけないように、なにか言いたいときは、どちらかが歩み寄っていって小声で話すのが練習場でのルールです。

ですが、彼らは互いが一球打つたびに、それぞれ打席とベンチに離れたまま、

 

お、いいんじゃない!

 

とか、

 

もう少し、こうやって打ったら

 

と、会話を交わします。

 

先ほども書いたように、打席とベンチの間は2メートルほど離れています。

それが、互いにその場所にいるまま声を掛け合うわけですから、どうしても声が大きくなり、うるさいことこの上ない。

 

夫婦仲良くゴルフの練習場にやってくるのは結構なことですが、周りにとってはいい迷惑です。

 

 

1時間くらいは我慢していたでしょうか。

 

とうとう夫が、お隣のご主人に

 

申し訳ありませんが、もう少し小さな声で話していただけませんか

 

と、声を掛けました。

 

 

あ、どうもすみません

 

と言って、そのあと声のトーンを落とせばいいだけのことです。

 

ところが、このご主人、

 

 

なになに、どうしたの

 

 

と寄ってきた奥さまに、

 

 

しゃべるなってさ

 

 

と言ったのです。

 

 

この一言に、わたしの方がカチンきてしまいました。

 

わたしは、献血では「成分献血になるので時間がかかります」と言われるほど血は薄いのですが、血の気は多い。

 

いい年をして、その子ども染みた言い草は何なんだと腹が立ち、

 

 

しゃべるなとは言っていません。

夫婦二人の会話なのだから、もう少し小さな声でも聞こえるのではありませんかと申し上げたんです。

 

と、きっぱりと言い返させていただきました。

 

 

ほどなくしてその夫婦は帰っていきました。

 

面白いことに、彼らは、こんな掲示板の前の打席でした。

 

 

 

さてさて、これも、互いに人間同士だからこそ。

 

時間がくれば、いずれかどちらかが必ずいなくなるので、その場のやり取りだけで事が済みます。

 

けれど、これが国だったらどうでしょう。

 

いくら、

 

もう少し静かに願えませんか

 

とお願いしても、それがその国の利益に反することならば聞き入れてはもらえないでしょうし、時間が来たからといって国ですから動くはずもなく、ずっとそこにあり続けます。

 

そんな小競り合いがヒートアップすれば、戦争にだってなりかねません。

 

 

 

まずは、自分の国の文化を理解し愛すること。

それは、どの国にも、その国の人々が愛する文化があることを理解し尊重することにもつながる。

そうすれば、もっと世界は平和になる。

 

本気でそう考えるわたしは、もしかしたらとても楽天的でのんびり屋なのかもしれません。

でも、そんな氣持ちを大切にしたいと思います。

そして、そのために自分に何ができるかを考え、行動したいとも思っています。

たぶん、ことだま講座なども、その行動のうちの一つ。

 

だって、

 

言葉は文化

 

なのですから。