優しさに感謝

夫が長年勤めた会社を辞めて、半年が過ぎました。

 

時々、

 

朝ごはんを作るぞ

 

と張り切ってくれます。

 

先日作ってくれた朝食。

 

 

冷たいものばかりではダメかと思って炒め物も作ってみた

 

と。

 

気持ちはありがたいけど、わたしには多すぎるなあ~

 

今朝もまた張り切って作ってくれました。

 

でも、トースターにパンを入れてからじっと見てる。

 

 

おいおい、それじゃ機械にお任せする意味ないから……

 

 

ヤカンに水を入れたまま火にかけてない。

 

いやいや、火にかけておけば、フルーツとか切ってる間に沸くし……

 

とか、突っ込みどころ満載で。

 

わたしには子どもがいないけど、子育てってこんな感じかな? なんて、

ちょっとばかり思ってみたり。

 

 

 

でも、一生懸命食事を作ろうとしてくれる、その優しさに感謝したいと思います。

 

 

ところで、今朝の朝食はこちら。

 

 

程よい分量で満足いたしました。

 

これからも、よろしくお願いします~

 

 

「探偵はバーにいる3」

いつもは映画が封切りになるとすぐに観に行くのですが、今回は少し出遅れました。

 

シリーズ1・2に引き続き「探偵はバーにいる3」を観てきました。

元々は、不思議な魅力のある大泉洋が好きで1を観たのですが、以来すっかりはまってしまいました。

 

 

今回は、たぶん今までで一番迫力があるかも……

 

大泉洋の探偵が、いつものようにとんでもない目に遭って大笑いする場面もありますが、今回は空手の達人である高田も適わない凄腕が現れ…最後にパシッと高田が勝つのかと思いきや、

 

あ、そういう方法もあるよね

 

とニンマリしてしまう場面も。

 

そしてラストは、

 

え、もしかしてこのシリーズ、これで終わり!?

 

ってね。

 

 

あんまり書いてしまうと、面白くなくなっちゃうからね~

 

そうそう、テレビでしか知らない北川景子のことをキツイ顔立ちと思っていたのですが、これがなかなか可愛らしい顔であることに初めて気が付きました。

 

 

さて、来週は「鎌倉ものがたり」を観に行く予定です。

 

予告編で、改めて堺雅人さんの声に耳を傾けたのですが、わたしは彼の端正な声、好きだなぁ。

声に端正という表現はおかしいかもしれませんが、でも、そう思いました。

 

 

 

「あら」と「まあ」

驚いたときなどや、相槌を打つときなどに、女性がよく使う言葉に「あら」と「まあ」があります。

 


 

新明解国語辞典によると、

 

「あら」は、

驚いたときに、女性が出す、言葉とも言えない声

 

「まあ」は、

(女性語)驚いたり、意外に思ったりして、思わず発する声

 

とあります。

 

その他の国語辞典でも、同じような解釈が載っています。

 

このことから、2つの言葉が、とてもよく似た言葉であることがわかります。

 

 

 

なので、

 

あら、素敵

まあ、素敵

 

と後ろに同じ言葉を持ってきて使うことが、もちろんできます。

 

 

けれど、わたしはこの2つの言葉を、感覚的に使い分けています。

 

今回、これまで感覚的に使い分けてきているこれらの言葉を、ことだま的に解釈してみようと思います。

 

 

「あら」と「まあ」に共通しているのは、「あ」。

 

「あ」は、≪「はあ」か「ふう」か ≫ のところで書いたように、始まりの音。

そしてニュートラルなエネルギーも持っている音です。

 

 

すると、「あら」と「まあ」の違いは、「ら」と「ま」の違いということになります。

 

 

「ら」など<ら行>の音は、日本人が英語を習ったときに苦戦した「r」。

口の中で舌をくるっと回転させるようにして出す音であることからもわかるように、変化や流転などのエネルギーを持った音です。

 

「ま」は、「束の間」と言えば「時間」を、「床の間」と言えば「空間」を表すことのできる言葉。

そして「真ん中」の「ま」。

「ま」は、中心とか本質を表すエネルギーを持った音なのです。

 

 

なので、例えば、同じ「素敵」という言葉を後ろに持ってきても、「あら」の場合は、

 

あら、素敵。でも……

 

と、その後ろに反対意見を述べるような言葉を置いても不自然にはなりません。

 

けれど、「まあ」の場合、

 

まあ、素敵。でも……

 

は、わたしとしては、少し違和感を感じるのです。

 

その違和感がどこから来るのか、今まで考えたことがありませんでした。

けれど、今回ことだま解釈をしてみたことで、その違和感は、あるがままを受け入れる「まあ」と、変化を促す「あら」の違いからきていることがわかり、改めて納得できたのでした。