34.漆黒の闇と魔法の呪文

どん底の頃に、こんな夢を見ました。

 

 

 

見渡す限り漆黒の闇。

ただ暗いのではありません。

ほのかな明かりやコメ粒ほどの光もない、漆黒の闇。

 

けれど、その闇の向こう側に光り輝く太陽があることを、

わたしの心は知っている。

 

 

そんな夢です。

 

 

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目が覚めたとき、

 

もしかしたら、わたしはここから抜け出せるかもしれない。

 

と思いました。

 

確信と言うほどのものではありません。

 

その夢を見たからといって、にわかに力が湧いてくる、

なんてことでは決してありませんでした。

 

 

 

ほのかに漂う気配

 

 

 

そんな表現が、一番しっくりくるでしょうか。

 

 

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派遣で単発の仕事をしながら正社員の口を探すという当初の計画は、

早くも頓挫していました。

 

 

わたしが出した結論は、

 

 

 

派遣社員として働く

 

 

 

ということでした。

 

 

わたしの望みは正社員になることです。

 

それも、ある日突然クビにされるようなことのない、

身分がきちんと保証された雇用体制の整った会社への就職です。

 

電話一本でクビにされるなどという理不尽な目には

二度と遭いたくありませんでした。

 

欲しかったのは安定と保証です。

 

 

なのに、派遣社員で働くことを決めるというのは

矛盾しているようでもあり、大きな賭けでもありました。

 

 

当初、派遣社員になってしまったら

正社員になるチャンスがなくなると考えていました。

 

しかし、そうでなくても、正社員への道は簡単には開けませんでした。

 

そこで、腹をくくって派遣社員としての実績と信用を作ることに決めたのです。

 

 

最初から正社員になりたいけど派遣で働きますというのは、

相手先に対して失礼だと思いました。

 

なので、とにかく派遣社員として一生懸命に働いて、

1年経ったら自分の置かれた境遇と正社員になりたいという希望を持っていることを

派遣元の上司に話そう。

 

そう決めました。

 

 

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派遣先は、すぐに決まりました。

 

損害保険関連の社団法人です。

 

そこは、よく人にも言うのですが、

わたしにとっては、まるで湯治場でした。

 

社団法人なので、あからさまに数字を追いかけることはありません。

 

 

例えば、営業なら

「今月の目標〇〇件成約!!」

「打倒T社!!」

 

 

事故処理なら

「目指せ! 自己受付から〇〇日以内の処理!!」

 

 

といった類のスローガンが壁に貼られているのが、

損害保険会社の常であるわけですが、そういうものがなくてすっきりしています。

 

職員のみなさんも、どこかほのぼのしている。

 

(ごめんなさい。一人一人は、一生懸命働いていたと思うのですが、

損保の雰囲気を知っているわたしには、そう見えてしまったのです)

 

 

そんな職場で、わたしは徐々に自分に対する自信を取り戻し、

人間不信も払しょくされていきました。

 

 

 

けれど、単調な仕事をこなしていると、時折、

 

 

どうして、この人たちが職員で、わたしが派遣社員なんだろう

 

 

という思いが、どうしようもなく湧いてきてしまうのです。

すると、どうしても気持ちが重く暗く沈んでいきます。

 

 

 

どうしたら、明るく前向きな気持ちになれるだろう。

 

 

 

考えました。

 

 

 

そこで思いついたのが、こんな呪文です。

 

 

 

今に集中

自分に集中

 

 

 

ちょうど、その頃していたのは、登録カードのメンテナンスの仕事でした。

 

登録カードというのは、ハガキより一回りくらい小さい薄い紙でできたカードです。

カードというより紙片という方が近いようなものです。

 

それが、一つのケースに何百枚もずらっと並んで入っています。

 

その中からメンテナンスの必要な一枚を取り出して、内容を修正していく。

それが、その時していた仕事です。

 

何百枚もある中から、薄い紙一枚を探し出すのは、なかなかに面倒な作業でした。

 

ところが、

 

 

 

今に集中

自分に集中

 

 

 

と唱えると、あら不思議。

目指す一枚が、ドンピシャで見つかるのです。

探す暇もないのです。

 

 

 

この辺かな

 

 

 

辺りを付けたところに、まさに目指す一枚があるのです。

 

まるで、魔法のゲームのようでした。

面白くて仕方ありません。

 

わたしは、呪文を唱えてはカードを見つけていきました。

作業はとんとん拍子にはかどりました。

 

 

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やがて1年が経ちました。

 

 

派遣会社の上司がやってきました。

(年に数回、上司が様子を見に派遣先を回っていたのです)

 

 

 

今だ。

今、話さなければ。

 

 

 

わたしは、離婚して実家に居候していることや、

正社員になって自立を目指していることなどを正直に話しました。

 

 

 

わかりました。

就職先を探してみましょう。

 

 

 

上司はそう言って帰っていきました。

 

 

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33.踏ん張りどころを見つける

物事がうまくいかない時というのは、つい誰かや何かのせいにしてしまいがちです。

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わたしも、つい

 

なんで、わたしがこんな目に遭わなければならないのだろう

なぜ、彼ら(市民活動団体の役員たち)は、あんな形で私を解雇したんだろう

あの時、こうすればよかった

この時、ああすれば・・・

 

と、過去を振り返っては、人のせいにしたり、自分を責めたり・・・

 

でも、ある時、ふと、こんな考えが頭に浮かんできました。

 

これからは人のせいにするのはやめよう。

愚痴はこぼさない。

自分の人生に起きたことは、自分のこととして受け止めよう。

 

その考えは、スーッとわたしの心に馴染みしみ込んでいきました。

腑に落ちたのです。

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すると、不思議と心が軽くなっていきました。

そして、友人や心配してくれた人たちに、メールや手紙に書いて送りました。

 

これからは愚痴をこぼしたり、人のせいにしません。

自分の人生に起きたことは自分のこととして受け入れていきます。

 

と。

なぜかわかりません。

理屈ではなく、氣がついたらそうしていました。

書き送ってから、我に返った。

そんな感じです。

人に書いて送ってしまったからには、もう後戻りはできません。

なんせ宣言してしまったのですから。。。

けれど、それは同時に『 踏ん張りどころができた 』ということでもあります。

 

過去を振り返っては愚痴をこぼしたり人のせいにすることに、歯止めは効きません。

いつまでもダラダラと続き、結局は自分を責めるという形で心を蝕んでいきます。

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愚痴をこぼしたり人のせいにしている間は、自分の人生に起きたことは他人事です。

けれど、自分の人生に起きたことは、紛れもなく自分の人生そのものです。

受け入れない限り、前には進めません。

愚痴や人のせいにするという逃げ道を塞ぐことは、自分を守ることでもあるのです。

 

そして、ここからわたしの人生の逆転劇が始まっていくのでした。

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32.崖っぷちの職探し

尻尾を巻いて退散。

 

そんなイメージでの、姉の家での居候生活の始まりでした。

 30.どん底へ

 

ありがたかったのは、姉も義兄も逆に感謝してくれたことでした。

遅くに結婚した姉は共働きで、二人の子どもも手のかかる時期でした。

そこへ、無職のわたしが居候として転がり込んできたわけです。

姉の帰りの遅い日は、子どもたちの学童保育へのお迎から食事の支度まで、一手に引き受けました。

母に頼まれれば、買い物や日帰り温泉にも車で一緒に行きました。

前の結婚生活では「No」を言ってはいけない、言えない生活でしたが、居候生活の中では、「No」と言わないと自分で決めました。

生活の面倒を見てもらう代わりに、自分にできることはなんでもしようと決めました。

そんな生活の合間には、亡父のお墓にも頻繁に通いました。

お墓に父の魂がいるとは思っていません。

それでも、お墓にお参りすることで、自分の気持ちを落ち着かせることができました。

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そうやって日を送りながら、仕事探しをしていました。

まずは、人材派遣会社に登録に行きました。

そこで能力検査のようなものを受けさせられました。

たとえば、パソコンで3分間でどれだけの文字数が打ち込めるかとか・・・

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ああ、自分は商品なのだ。

 

と思いました。

わたしという人材を企業に売り込むためには、わたしという商品の性能を知らなければなりません。

わたしは雇ってもらえれば、たいていの仕事はできる自信がありました。

けれど、履歴書に書けるいわゆる特技(パソコン検定何級とか)は持っていませんでした。

雇ってもらえればと思っても、その “ 雇う ” という行為に踏み切らせるものが、なにもない。

痛感しました。

 

結局、派遣会社からは全く仕事を紹介してもらえませんでした。

最後の頼みの綱は、かつて勤めていた会社が持っている派遣会社です。

派遣会社に登録する際、そこのことが頭になかったわけではありません。

けれど、みんなに祝福されて寿退社したのに、派遣社員で戻るなんて恥ずかしいと思って連絡しないでいたのです。

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けれど、もうそんなことを言っている場合ではありません。

その会社に登録すれば、損保関連の仕事には就けるはずです。

勇気を出して連絡をし、登録も済ませました。

能力検査のようなものは一切ありませんでした。

かつて、そこの就職試験に受かっているわけですから、その点の信用はあったということでしょうか。

ほっとしました。

それでも当初は、単発で派遣の仕事を受けながら、他方で正社員の仕事を見つけるつもりでいました。

 

しかし・・・

 

履歴書を送っても、一つとして連絡はありませんでした。

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わたしが離婚したのは39歳のときです。

 

今なら、まだ頑張れる。

仕事を掛け持ちしたって食べていってやる。

 

強い決意がありました。

けれど・・・

その強かったはずの決意は、無残にもどんどん崩れていきました。

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わたしは42歳になっていました。

 

 

42歳の何も特技もない女に、世の中は用がないということか・・・

 

これから、わたしはどうなっていくのだろう。

 

夜、布団に入っては一人涙を流す。

そんな夜が何度あったことでしょう。

 

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