人生はAAA(トリプルA)で行こう!

今日は大晦日。

この1年を振り返って、あるいはこれまでの人生を振り返って、あなたはどんな感想をお持ちになりますか?

わたしは、今年もまた充実した楽しい一年でした。

 

毎年、年末になると離れて住む甥っ子たちにお年玉を送ります。

そんなとき、そういうことをしてやれる自分になれた喜びで、いつも涙がこぼれそうになります。

 

わたしは39歳の時に離婚しました。

その時、精神的にも経済的にも自立したひとりの人間になろうと固く決意したにもかかわらず、ペットロス・失業と、わたしの人生は、ガラガラと音をたてて崩れていきました。

そんな失意のどん底にいたある晩、こんな夢を見ました。

 

目の前に長い長い階段。

その階段の先は雲に隠れて見えません。

途方もなく長い階段の前で、わたしは呆然と立ち尽くしているのです。

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こんな階段、とっても上れない。

 

最初、わたしはそう思っていました。

けれど、やがて、こう思い直します。

 

一段ずつでいいから、上ってみよう。

 

そして、勇気を出して最初の一段に足をかけます。

そして、また次の一段。

また、次の一段・・・

 

すると、どうでしょう。

階段がエスカレーターに変わり、スーッと上っていくではありませんか。

 

そこで、目が覚めました。

 

もしかしたら、ここから抜け出せるかもしれない。

微かな希望を見いだした朝でした。

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そして、

 

どんなことがあっても、絶対に、わたしはわたしを見捨てない。

 

そう心に決めました。

 

その後、再就職先がみつかり、単身上京。

やがて、ふとしたきっかけから知り合った人と思いがけず電撃結婚。

現在に至っています。

 

よくぞ見事に這い上がってきたと、我ながら感心するほどの上昇人生。

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悲しいとか、苦しいとか、情けないとか、そんな気持ちで、今日の大晦日を迎えた方々へ

 

焦らず

慌てず

諦めず

 

この3つのAをお勧めします。

 

まずは、最初のA :『焦らない』

 

今、苦しいから早くなんとかしたいと思う気持ちはわかります。

けれど、人生という大きなものを変化させるには、それなりの時間がかかるのです。

10年くらい経ったときに、ふと振り返って、その変化に驚く。

そのくらいの気持ちで、取り組みましょう。

 

2番目のA:『慌てない』

 

前述しましたが、大きなものを変化させるには、それなりの時間がかかります。

それを、

 

まだ変わらない。

もう変わったか。

 

と、性急に結果を求めない。

人生の計算式は、1+1=2 ではないのです。

1+1は如何様にも、自在に変わるのです。

それを待つ勇気を持ちましょう。

 

急いては事を仕損じる。

 

とも言います。

慌てて、よく考えずに何かに飛びついて、結果的に遠回り~なんてことにも、なりかねません。

 

そして、最後のA:『諦めない』

 

性急に結果を求めた挙げ句、

 

あぁ、やっぱりダメだ!

 

と、投げやりになってはいけません。

あなたの一番の理解者、応援団に、まずはあなた自身がなりましょう。

 

自分すら信じられない自分を、誰が信じてくれるでしょう。

同じように、

自分すら愛せない自分を、誰が愛してくれるでしょう。

 

何があっても、自分だけは自分を見捨てない。

 

そうすれば、あなたの上る階段も、きっと途中からエスカレーターに変わります。

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試されているのは、階段を上り切ることではありません。

途方もなく長い階段の、その最初の一段に足をかけられるか、その勇気なのです。

 

これまでの人生を、連載形式でしています。

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具体的に注文(表明)する

たとえばファミリーレストランに行ったとしましょう。

 

店員さん が注文を聞きに来たときに、

 

なんか、和食が食べたいんですよね~

 

と言ったとしたら…

 

あなたの望む和食は、出てくるでしょうか?

 

多分、

 

和食でしたら、こちらに載ってますので、決まりましたら、お呼びください。

 

と言って、店員さんは立ち去るでしょう。

 

具体的に、「あれとこれをください」と注文して、初めて自分の望むものが手に入るのです。

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人生でも同じことが言えます。

 

自分が手に入れたいと思うものを、具合的に表明して、初めて天(神様)は動くのです。

 

でも、

 

そこまで具体的には思いつかない。

 

といった場合は、どうしましょう?

 

そんなときは、

 

まずは、これが欲しい。

 

と表明しましょう。

 

 

さて、そうはいっても・・・

 

と、考えあぐねてしまう方たちのために、年明けから、氣づきに関わるもの(詳細は未定)と、日本語に関するものをブログで連載予定です。

 

ペットロス症候群

いつも、ブログを読んでいただき、ありがとうございます。

先日、ブログメッセージに、こんな質問をいただきました。

その方は、最近可愛がっていた愛犬を亡くされて、未だ悲しみから抜け出せずにいらっしゃるとのことです。

わたしのプロフィールに、わたしがかつてペットロス症候群を経験したと書いてあるのをご覧になって、どのようにペットロスを乗り越えたのか、お知りになりたいとのことでした。

わたし自身が、どのような状況で愛犬を亡くし、その後どのようなことがあって、さらに打ちひしがれたのか、といった話は、いずれ連載プロフィールの方に、具体的に書く予定です。

 

今回は、それらの経験を踏まえて、今わたしがペットロスについて、どう考えているかについて書いてみたいと思います。

 

まずは、Sさんにお悔やみを申し上げます。

愛犬を亡くされた悲しみはいかばかりかお察しいたします。

ペットに限らず、その存在が自身の生きる支えになっていたような場合の喪失感は計り知れません。

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さて、愛するものが亡くなったとき、残された人が感じる代表的な感情は、悲しみと後悔ではないでしょうか。

 

悲しみは、今まで存在していたものが今はいないという寂しさからくるものが大半です。

なので、悲しみは、他の楽しみを見つけることで、かなり癒されます。

それは、新しいペットを飼うことかもしれません。

友人や仲間の存在に改めて氣づくことかもしれません。

あるいは、新しい趣味にチャレンジすることかもしれません。

 

それでは、後悔はどうでしょう?

 

もっと、何かしてあげられたのではないか?

 

この疑問は後悔となって、残された人の心を苦しめます。

そして、この疑問は、どんなに心を尽くして看病などをしたとしても、どうしても湧いてきてしまうものなのです。

 

あれもしてやれば良かった。

こんなこともしてやれたのではないか。

 

いいのです。

 

いっぱい考えましょう。

いっぱい思いましょう。

 

もし、またペットを飼うことになったとき。

もし、また心から大切に思える存在に出会ったとき。

そのときに、考えたこと思ったことを、今度こそきっと実行する。

そう決めてください。

考え尽くして、思い尽くしたら、決めてください。

 

過去には戻れません。

けれど、未来は自分で創っていけるのです。

だから、心から望む未来を選び取る。

それしかありません。

もし、過去を嘆き未来を憂れう心の闇を照らすものがあるとするなら、それは希望です。

わたしは、そう考えます。

 

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ところで、先立っていったペットは、今どんな気持ちでいるのでしょうか?

 

もっと、ああして欲しかった。こうして欲しかった。

 

と、思っているでしょうか?

 

答は、否です。

 

なぜなら、あなたの可愛がっていたペットは、愛の溢れる場所へと帰っていったからです。

愛の溢れる場所にいて、どうしてあれやこれや悔いることがあるでしょう…

 

では、いつまでも悲しみに暮れている飼い主は、ペットの側からは、どう見えているでしょう。

 

なぜ、彼(彼女)は、あんなに悲しんでいるの?

わたしがいなくなったから?

わたしが彼(彼女)を悲しませているの?

今わたしは、こんなに幸せなのに…

 

あなたは、そんなペットになんと答えますか?

泣き顔を見せますか?

それとも、笑顔を見せますか?

 

どちらを選ぼうと、それはあなたの自由です。