27.逃げ道としての結婚

わたしが最初の結婚をしたのは、26歳のときでした。

 

職場でのイジメからなんとか抜け出し、新たな部署で周りの人たちに恵まれて楽しい仕事生活を送っていたのですが・・・

新たに配属されたのは、自動車の任意保険の事故対応の部署でした。

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連休明けともなれば、自己受付の電話が朝から途切れることなく鳴り続けます。

ひとつの損害保険会社のひとつの支店だけでこれだけの事故受付をするということは、日本全体で毎日一体どれだけの事故が起きているんだろう。

思わず考え込んだことも、何度もあります。

事故の種類は自損もあれば、対物、そして人身事故。

毎日毎日、次から次へと事故の受付をしては調査の手配から書類の取り付け、支払い手続き・・・

相手は契約者、つまりお客様。なおかつ事故を起こして精神的にも高ぶっている場合がほとんどです。

保険金は、払って当たり前。

それも、事故の状況によってお客様の望み通りに払われるとは限りません。

不毛とも思える日々の連続でした。

 

また、家に帰れば、年頃の娘を心配?した母からの、結婚コール。

彼氏の居ない時期は、「誰かいい人はいないの?」

彼氏ができればできたで、「結婚しないの?」「自分から結婚してって言ったら?」

 

ストレス満載の日々でした。

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そこで一念発起、一人暮らしをしてみようと考えました。

おかげさまで当時の損保の収入は、社会一般に比べて高いほうでした。先輩の中には、自分でマンションを買って一人暮らしをしている人もいたほどです。

賃貸のアパートに住むなら、なんとかなるかも。

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ある日、母に一人暮らしをしたいと切り出しました。

「一人暮らし」と言ったとたん、母はれかの如く怒り出し、こう言いました。

 

結婚前の娘が一人暮らしなんて、絶対に許さない。そんなに一人暮らしをしたいなら、二度と家に帰ってくるな。

 

一人暮らし=家族との絶縁

 

そこまでの勇気のも覚悟もなかったわたしは、一人暮らしを諦めました。

その代わりに、わたしの頭に浮かんできたのは、

 

結婚するしかない。

 

という考えでした。

 

わたしは疲れていました。

父を中学三年生で亡くして以来、「しっかりしなくちゃ。母に迷惑をかけてはいけない」そう思って、常に全速力で走り続けてきた日々でした。

 

ゆっくり休みたい。

 

結婚して専業主婦になれば、仕事も辞められる。家も出られる。一石二鳥の良い考えだ。

 

わたしは、そう思いました。

 

それから、ほどなくして知り合った人と結婚を、という話になりました。

ところが、あれほど「結婚、結婚」と言っていた母が、今度は猛反対。

けれど、とにかく母から離れたい。仕事を辞めてのんびりしたい。と強く望んでいたわたしは、駆け落ち同然のようにして結婚したのでした。

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結婚したのは七歳年上の、物分かりがよくて優しい人でした。

わたしは望み通りのものを手に入れた。

そう思いました。

 

ところが・・・

 

結婚して数日経った頃、夫がわたしにこう言いました。

 

これからは、俺が白と言ったら、たとえ自分が黒と思っても白と言え。白だろうと黒だろうと、たいした違いはないのだから、男の俺の言う通りにすればいい。

何かもめ事が起きても、男は謝らなくても自分が悪いことはわかっている。だから、常に女であるお前の方が謝れ。そうすれば家庭はうまくいく。

 

最初は冗談だと思いました。

だって、付き合っているときの彼は、とても物分かりがよくて優しかったのですから。

だから、結婚しようと思ったのです。

こういう人となら、のんびりと穏やかな生活ができる。

そう思ったから、駆け落ち同然の真似までして結婚したのです。

 

最初は冗談だと思って氣にかけていなかった私ですが、それはほんとに本当だったのでした。

 

◎◎◎  ⏪ 前     続く

 

 

 

 

 

ソラ ノ ウタ (宇宙短歌) その2.

ソラ  ノ  ウタ  (宇宙短歌)

その2.

幾光年旅路の果てに降り立つは龍が如くの日の本の国

                    ゆみこ詠む

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なぜ、言靈ワークショップなの?

電車などに乗っていると、外国語のスクールの広告をよく見かけます。

某企業が社内公用語を英語にしたとして話題になったこともありました。

学校教育の現場でも、少しでも早い段階から英語を身につけさせようとの取り組みが行われているようです。

 

さて、それらは、すべて言葉の『伝える』という側面に焦点を当てた、つまり『道具』としての言葉に関すること。

わたしたちが学校の授業で学んだ『国語』も、また『道具』としての日本語の授業でした。

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けれど、言葉には、『道具』としての側面のほかに、もう一つとても大切な側面を持っています。

それは、『文化』という側面です。

 

世界には約3000の言語があると言われています。

なぜでしょう?

それぞれの場所や地域によって環境が違うからです。

環境が違えば、そこで生活する人々の感性も違います。

だから、そこから紡ぎ出される言葉も違ってくるのは当然です。

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わたちたちは、ともすれば言葉を伝達のための手段=道具のみと捉えがちです。

しかし、言葉にはそれ以前に文化としての重要な側面があるのです。

 

わたしは、主に『言靈ワークショップ』という名称で、日本語に関するワークショップを各地で開催していますが、これは文化としての日本語にもっと目を向けて欲しいと思っているからです。

 

わたしのしていることは、普通に日本で暮らしている圧倒的大多数の日本人にはなかなか理解していただけないかもしれません。

でも、わたしは、なにより日本語が好き。

そして、他の国の人々もきっと、自分の国の言葉が大好きだと思うから。

だから、日本人のわたしは日本語の素晴らしさを、微力ながらも伝えていければと思っています。

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