思いつきのひと言

すべての言葉に意味があるのは

その言葉を構成している

一つ一つの音に意味があるからに他ならない

今は、泣ける

父が亡くなったとき、母も姉もその体に縋り付いて号泣していたけど、わたしは泣けなかった。

彼らと自分の間に薄いベールのようなものがあり、空間が隔てられているような感じがして、涙ひとつ流さず一人ぽつねんと立っていた。

葬式の日にも、やはり泣けなかった。

わたしの中には、その後の人生の重みというものが大きくのしかかっていて、泣くのが怖かったのだ。

泣いてしまったら、そこから崩れて行ってしまいそうで。

泣いてしまったら、もうそこから頑張れなくなりそうで。

怖かった…

 

 

わたしが父の死を思ってしみじみ泣いたのは、最初の結婚をしてしばらく経った頃だ。

そのとき、初めてわたしは泣いた。

思い切り泣いた。

声を出して泣いた。

 

 

今、わたしはことあるごとに泣く。

夫と喧嘩して泣くこともあるし、お風呂や布団の中で、勝手になにかを思い詰めて、悲劇のヒロインよろしくおいおい泣いてみたり。

 

 

わたしは知ったのだ。

いくら泣いても、人間は崩れたりはしないということを。

むしろ泣いた方がすっきりとして、活力が湧いてくるのだということを。

 

だから、今わたしはなにかにつけて、安心して泣いている。

 

 

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思いつきのひと言

この世に存在する、どんな言葉にも意味がある。

 

たとえば、

 

ふ~ん

 

とかいった氣のない生返事にも

 

驚いた時に出る

 

えっ

 

といった、不意のひと言にすら意味がある。

 

これって、結構スゴいことだと、わたしは思う。