6.父、逝く・・・その3

父が亡くなったのは、年が明けての2月6日です。

あと2か月といわれていたのが、4ヶ月持ちました。

いよいよ危ないということで、数日前から家族全員が病院に泊まり込んでいました。

ある日、病室でみんなで話をしていた時、母が、

 

あ、点滴が減ってない!

 

小さく叫ぶように言いました。

 

すぐに先生を呼びましたが、すでに息を引きとった後でした。

父は、家族の会話を聞きながら、一人静かに旅立ったのでした。

45歳でした。

 

父の葬儀は社葬となりました。

会社の人たちが大勢来て、なにからなにまでやってくれました。

会場となったお寺の前には沢山の花輪が並び、会社の上司や同僚や部下の方たちが、やってきては声をあげて泣きました。

わたしは、男の人が声をあげて泣く姿を生まれて初めて見ました。

 

 

葬式というのは、こういうものなのか

と、どこか他人事のように思っている自分がいました。

中学校のクラスメイトも先生と一緒に葬式に来てくれましたが、わたしは、

 

まるで見せ物だな

 

と思いました。

 

そういえば、お通夜の前の晩だっでしょうか。

お寺で、みんな一緒に寝ました。

それが、とても嬉しかったのを覚えています。

父は遺体となってはいましたが、久しぶりに家族全員が揃ってひとつ屋根の下にいると思うと、わたしは嬉しくてたまらなかったのです。

 

不思議な感情に取りつかれた、不思議な時間を生きていたようです。

 

その後、何年も経ってから、母たちに、

 

あんたは、一番可愛がられて、贅沢に育てられた。

 

と、言われたことが何度かあります。

 

確かに、末っ子のわたしは、父がある程度出世してから生まれたので、経済的に恵まれていたし、末っ子ということでみんなから可愛がられたでしょう。

 

でも、

 

でも、

 

たった15年だよ。

 

わたしは、心の中でそっとつぶやきます。

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***

 

やがて、自分が45歳になったとき、思わずわたしは父に謝りました。

 

お父さん、ごめんなさい!

わたし、45歳になっても、まだこんなだよ!

 

と同時に、こうも思いました。

 

子どもの頃のわたしの目に映っていた父は、いつも堂々として自信に溢れていたけれど、もしかしたら、やっぱり悩んだり迷ったり、不安になったり、揺れていたときもあったかもしれないと。

 

そして、46歳の誕生日を迎えた時は、とうとう父より長生きをしてしまったのだと、なんとも言えない、しみじみとした気持ちになりました。

 

それから、さらに10年の歳を重ねました。

 

この10年の中での変化は、目まぐるしいものがあります。

 

それは、また、これから少しずつお話ししていきたいと思います。

 

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