28.結婚生活にケリをつける

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これからは、俺が白と言ったら、たとえ自分が黒と思っても白と言え。白だろうと黒だろうと、たいした違いはないのだから、男の俺の言う通りにすればいい。

何かもめ事が起きても、男は謝らなくても自分が悪いことはわかっている。だから、常に女であるお前の方が謝れ。そうすれば家庭はうまくいく。

 

結婚した直後に、こう宣言されたわたし。

付き合っているときは、とても穏やかで心の広かった人の口から出たこの言葉を、最初わたしは信じられませんでした。

 

まさか。なにかの冗談だろう。

 

と。

そもそも言っている意味が理解できませんでした。

 

わたしはこう思うけど、あなたは?

 

という話し合いが、なぜできないのだろう?

 

どちらでも、自分が悪いと思った方が謝ればいい。

男だからとか、女だからとか、関係ないんじゃない?

 

それだけではありません。

デザイン関係の仕事をしていた夫は、自分のセンスに絶対の自信を持っていて、家具と同様、わたしの服装もモノトーン中心となりました。

 

おかしいですね。

けれど、そんなことを考えている余裕はありませんでした。

母の猛反対を押し切っての結婚でした。

ストレス満載の仕事も辞めたくてした結婚でした。

結婚に対しての夢や希望だって、もちろん持っていました。

 

とにかく進むしかない。

 

完全見切り発車の結婚生活でした。

 

相手は宣言通りの人でした。

思ってもいなかったことで、いきなり怒鳴られたことも一度や二度ではありません。

氣に入らないことがあると、わたしが頭を下げて謝るまで何日でも口をきいてくれません。

2人しかいない家庭の中で、それは耐えられないことでした。

意に沿わないながらも頭を下げて謝る。

そんなことの繰り返しの日々が続きました。

 

結婚して8年くらい経ったとき、一度ノイローゼになりかけました。

でも、その時は、

 

自分の努力が足りないのだ。

もう一度がんばってみよう。

 

と思ってしまい、結果としてさらに自分を追い込むことになるのですが、その時は、まだ氣がつきませんでした。

やはり、母への意地も大きかったと思います。

 

後に書いた、時代物の掌小説「お由布」の中で、その頃のことをこんなふうに書きました。

 

 毎日、自分の思いに背を向けて、言われるままに頷き、謝ることを続けているうちに、いつしか、自分はなんて出来の悪い嫁なのかと思うようになっていった。清之助から、ああ毎日頭ごなしにあれこれ言われるのは、ひとえに自分の出来が悪いからに違いない。そうだ、そうに決まっている。そういうことにしよう。それで、いい。そう。それで、いいのだ―。
(中略)
 いつでもどんなときでも口答えせず、少しでも不機嫌な色が見えたと感じると、即座に「申し訳ありませんでした」と、頭を下げる。お陰で、夫婦の間には波風一つ、そよとも吹かない。その代わり、時折りお由布の身体に正体不明の風が吹く。その風は、時に頭の芯を揺らし、時に心の臓に揺さぶりをかける。

 

離婚を決めたのは、結婚して13年経った、わたしが39歳のときでした。

 

心を決めたのは、こんなきっかけからでした。

 

ある時、ほんの些細なことで夫が狂ったように怒ったのです。

 

そんなことで?

 

というようなことで、ドライブ中の車の中で怒鳴り散らし喚き散らしたのです。

それを見ていたわたしの心が、実に見事にスーッと冷めていきました。

「憑き物が落ちたよう」とは、正にこういうことを言うのでしょう。

 

冷静になったわたしは、わたしに問いました。

 

そんなに、わたしは出来の悪い妻か?

 

答えは、

 

 

でした。

 

でも本当の地獄は、ここから始まりました。

わたしは目が覚めてしまったのです。

愛せない、尊敬できない人間と、一つ屋根の下で暮らすことほど、苦しく辛いことはありません。

わたしは、夫の顔を見るだけで食事が喉を通らなくなりました。

夫は自営業でしたので、毎日必ず決まった時間に帰ってきて夕飯を食べます。

つまり、朝食と夕食が食べられなくなったのです。

夫がいない昼食だけは、なんとか食べることができました。

わずか1ヶ月で、わたしは体重が5㎏減りました。

 

ある日、とうとう離婚をしたいと申し出ました。

予感はあったのでしょう。

 

俺が悪かった。

悪いところは直す。

 

夫は言いました。

けれど、わたしは限界でした。

とりあえず、他にアパートを借りることにしました。

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家を出た直後、何十年ぶりかというほどの大きな台風がやってきました。

アパートの目の前にある倉庫のトタン屋根がベリベリと音を立ててはがれ、今にもこちらへ飛んできそうなほどでした。

 

俺が悪かった。

悪いところは直す。

 

と言った夫の言葉が心の隅に残っていたからでしょうか、わたしは恐ろしさと不安から思わず夫に電話をしてしまいました。

その時、受話器の向こうから聞こえてきた夫の言葉。

 

なんだ、色々反省したか。

 

ああ、そうだ。

 

と思いました。

わたしは、これが嫌だったんだ。

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この一言で、わたしの中にわずかばかり残っていた未練が、きれいさっぱり無くなりました。

 

夫の言葉に何も答えずに電話を切ったわたしの心は、晴れ晴れとしていました。

 

これからは、一人で生きていく。

経済的にも精神的にも自立した、まずは一人の人間になろう。

この地に両足をしっかりと付けた、一人の大人になろう。

 

わたしは、強く自分に誓ったのでした。

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