2.自分を守れなかった

小学校の3年生か4年生のときの社会科の授業で、こんな作文の宿題が出ました。


社会主義と資本主義について書きなさい。
                                                                 

わたしは家に帰ってから、一生懸命に考えて作文を書き、提出しました。

後日、作文を返してもらうとき、先生が言いました。


誰に聞いて書いたの  ?


わたしは意味が分からず、何も答えることができませんでした。

しばらく経ってから、家で親に聞いて書いたと思われたのだということに、思いが至りました。


悲しかったです。

悔しかったです。


でも、何が悲しかったのか、何が悔しかったのか、そのときは分かりませんでした。

ただ、ずっとモヤモヤしたものを心の中に抱えたまま、この出来事は、いつしか記憶の彼方へと葬り去られていきました。

***



今、改めてあの時のことを振り返ってみて思います。


まず、頭ごなしに、誰か(親?)に聞いて書いたと決めつけられたこと。

そして、そう言われた時に、自分が何も反応できなかったこと。


それらが、悲しくて、悔しかったのだと。


決めつける前に、「どうして、こう書いたの?」と、先生に聞いて欲しかった自分。


「自分で考えて書きました」って、言えなかった自分。


予想外の対応をされると、人間って、思考がフリーズしてしまうんですね。

ポカ~ンとしてしまって、反応できない。

いわゆる、

虚を突かれる

ってやつでしょうか。

後になって気づいても、今さら言えない。

そして、処理仕切れない感情だけが、心に残りました 。


わたしは、わたしを、守れなかった 。


***



今のわたしなら、こう考えます。


先生が思わず誰かに聞いて書いたと思ってしまうほどに、わたしの作文が、よく書けていたんだ 。


と。


それなら、わたしの心に悲しさや悔しさは残りませんものね  。


それから、

嫌なものは嫌。

違うことは違う

と、言う。

これって、とても大切  。

自分の気持ちを尊重するってことは、自分を大切にすることにつながるから  。

 

◎◎◎ ⏪ 前       続き ⏩ ●●●