1.体育会系文学少女だった

わたしは、3人兄弟の末っ子です 。
わたしたち兄弟は3人とも生まれた場所が違います。
末っ子のわたしは、新聞記者だった父が長野支局にいた時に生まれました。

場所は長野日赤病院。
時は56年前の日曜日の昼下がり。
あと少し遅かったら、担当の先生がお昼休みでいなかっただろうという、絶妙?の時間帯。

その時、父は病院裏の公園で、兄と姉をボートに乗せていたそうです 。

日曜日の昼下がりに生まれるなんて、さぞかし優雅な人生を歩んでいくだろうと思いきや、その後のわたしの人生は、波乱に満ちたものでした 。



 ***


わたしが物心つかないうちに、家族揃って名古屋へとお引っ越し。

出身地はどこかと聞かれると、少し悩むのですが、やっぱり名古屋でしょうか 。
味噌煮込みうどん、あんかけスパゲッティー、そして寿がきやのラーメンが大好きですから 。


さて、幼稚園から地元の小学校へと進んだわたしの日常はといえば ・・・


小さい頃から背も高く、運動神経も良かったせいか、休憩時間には男子と一緒に運動場を真っ黒になって走り回るという、まさに体育会系の日々。

けれど、学校が終わって家に帰ると、一転わたしは物静かな文学少女と化していたのです。


なぜかというと、わたしの家は学区の外れにあり、存分に学校で遊んで帰宅すると、それからまた学校の向こう側にいる友だちの家まで、はるばる遊びに行く気には、さすがになれなかったのです。


わが家には本棚が大小あわせて5つくらいあり、その前に立てば、その時わたしの読みたい、あるいは読める本が必ず見つかるのでした。

おかげで、中学生になるまでは、本屋で本を買う必要がありませんでした。

***


幼い頃は、本をペラペラとめくり、挿し絵の多い本を選んでいた記憶はありますが、絵本を読んだ記憶はあまりありません。


好きだったのは、シートン動物記、怪盗ルパンシリーズ、それから世界文学全集などです。

シートン動物記で泣きじゃくり、怪盗ルパンに胸躍らせ、世界文学全集で未知の世界に遊ぶ・・・そんな毎日でした。

特に怪盗ルパンは大好きで、ルパンに操を立てて?シャーロック・ホームズは全然読まなかったくらいです。


本を読む以外で没頭していたことは、国語の教科書の中の読めない漢字や意味のわからない言葉を全部ノートに書き出して、片端から辞書で調べることと、教科書の音読でした。

***


そんな、体育会系文学少女だった頃、大好きだった作文の宿題で、とても悲しい出来事があったのです。

 

                          続き  ⏩ ●●●